オチが「ラーメンを啜っていた」

 田んぼに黒塗り車がはまってしまった原因を先に記しておこう。

 路傍文化204号室、七津角家。その六畳間。


 ちゃぶ台の上には胡椒やレンゲ。

 そしてカップラーメンを啜るのは少年。青い肌の少年である。


               ~・~


 這う這うの体で黒塗り車から脱出した昭たち。怪我をするような事故ではないが、すぐさま代わりの車が呼べるような状況ではない。

 とりあえずJAFだな。いや、これ何とかなるのか? と構成員がざわめく中、篁は頬を膨らませながら、


「なんなのよ? せっかく楽ちんだったのに!」


 と、ブーたれる。


「お前のせいだ! ……でもないのか」


 反射的にツッコむ昭であったが、篁が悪いわけでは無いと、すぐそれも筋違いだと気付いたようだ。


 篁の話は至極簡単で「ロボットの肩に乗ってた子が昭の家にいる」と、ただそれだけだった。

 不幸はと言えば、この車を運転していたのが、あの日同行し、事情もある程度はわかっている構成員だったことだろう。


 それだけに南もお付きの者に叱責のしようが無いようで、アレコレと指示を出した後、篁に声を掛ける。


「疑っているわけじゃないけど、儀式的な意味で――本当なの?」

「ああ、うん。お約束だよね。で、私は『マジよ』って答えるわけね。そうなっちゃうと嘘みたいだけどホント。今はカップ麺啜ってるけど、それが無くなる前に帰った方が良いとは思ってる」

「それがよくわからん。ラーメン喰うのか?」

「そもそも始まりがラーメンなのよね……」


 途中で割り込んできた昭にも、対応する篁。

 けれど、話せば話すほど、状況が混迷していく。篁はその気配を察して、


「とりあえずスーパー行かない? 車はスーパーまで行けば拾えるだろうし。その道すがら説明するね」


 と、提案してきた。

 それに対して昭と南は揃って頷く。


                ~・~


 富士演習場から帰った篁は翌日には日常生活に復帰していた。

 つまり、学校に行って部活に参加するという生活だ。


 校門についてはブルーシートで覆われているし、門代わりに警備員も手配されているという、異様な雰囲気ではあったが、確かに他の建造物に関しては被害が無かったので、学校は立ち入り禁止にはならなかった。


 夏休み中であることが、この呑気とも思える判断の後押しになったようだ。

 運動部の多くが校舎に入らないグラウンドでの活動であり、そうなると体育館での部活を認めないわけにもいかず――と言った力学が働いた結果とも言える。


 そういう外的要因もあって、篁は日常に戻り部活にいそしむこと、おおよそ一週間。それだけあれば、しげるのやらかしも風化してしまう。

 昭に関しては元々学校とは縁遠い状態であったし、学校に近付いてさえいなかったので、それもまた鎮火の要因だ。


 そして今日。篁はいつも通り部活を終えたところで、おやつ代わりに買い食いすることにしたわけである。

 部活にいそしむ理由がダイエットであるのに、これでは意味がないような気もするが、部活をしたからこそ、という言い訳も成り立つ。


 ただ、同じ部活のメンバーが篁の買い食いに付き合わない状況からも、その買い食いが一般的なカロリーではないことも窺えるというわけだ。

 篁もそれについては思うところもあったらしく――。


「ヌーフィロ行ったわけね。遠回りして」

「そんなの言い訳になるか」

「“ヌーフィロ”?」


 歩きながら南が不明な部分を繰り返す。昭がすぐさま補足した。


「そういう感じの名前のラーメン屋。まぁ、確かにちょっと遠いか」

「ラーメンじゃあ、ダイエットにはならないでしょうね」

「だって、豚骨でもないし、さっぱりしたモノじゃない」

「お前が替え玉しなければな」

「……待って。問題はそこじゃないわ。ラーメン、なのよね?」


 ようやく話が繋がった、と南は考えたが、その話を繋げるためには大きなハードルがある。


「おい……あのガキがヌーフィロで食ってたのか? ラーメンを?」


 昭も南の気づきにつられて、色々早回しで察してしまったらしい。

 つまり現状、篁は青い少年のためにラーメンを買い出しに来ている。そして、その関連の話を聞いていたら、ラーメン店の話が出てくる。


 これを繋ぎ合わせるのは簡単ではあるのだが、そのためには青い少年が自発的にラーメンを食べていた、という現象を想像しなけれならない。

 それは、常人ではなかなか難しい問題を孕んでいることは言うまでもないだろう。


 侵略者の。異星人の。それが昭の地元に。

 並べるだけでも不穏なのに、オチが「ラーメンを啜っていた」なのである。


 だが、篁はあっけらかんと続けた。


「うん、そー。他のお客さんに交じって、ずるずると。で、すぐに私に気付いて、昭を呼んでくれってね」

「はぁ? 気付か……いや気付かれてるから、こうなってるのか」

「それは篁さんには――いいえ、昭君のことも知ってるってことよね」


 どんどん不可思議空間になっていくヌーフィロ。

 想像すらも追いつけない。


 そして篁がとどめとも言うべき言葉を放つ。


「お金は昭が払うだろうってさ。そういう事なんで、昭は後で私が立て替えたぶんちょうだいね」

「なんだぁ!?」


 異星人はタカりであるらしい。

 それは侵略者としては正しい行いかもしれないが、当たり前に易々と受け入れられるものではない。


 いや、それ以前に問題は多々あり――だからこそ、これから交流か尋問が始まるはずだ。

 ラーメンを啜りながら。あるいは蕎麦を啜りながら。

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