こだわりの弊害
ラーメンを啜るにしろ、蕎麦を啜るにしろ。
なんだかんだで今は夕飯の時間帯であることは間違いなく、どういう力学が働いたのか、昭は夕飯を先にした。
そこで、いつも通り棟尾家が用意していた食事を七津角家で食べることになったわけである。何しろ異星人の少年らしいので、目を離せない、と言うのが理由なわけだが……それは完全に手遅れであることは言うまでもない。
昭が、
「飯食ってから話を聞く。俺も話がある」
と、さすがにそれだけはちゃんと声を掛けると少年はコクリと頷いた。いささかぎこちなく。
そして、以降は大人しく……という事にはならずに、七津角家の台所で少年は袋めんを作り始める。袋の裏側の「作り方」に目を通しながら。
この段階で南はパニックを起こしそうになっている。そのせいか流れるままに棟尾家の施しを昭、篁と食べる流れに巻き込まれていた。
先に構成員を返していたことが幸いだったのか否か。南としては、少年が地球にいることを当然隠蔽したかった。
これもまた手遅れに近い願いではあったが、少年の話を聞く人間は絞りたかったことと、少年の話がどこまで広まっているかを確認させるために、自分についている構成員を返したわけだが――
「この3分、というのは長すぎないですか?」
「お前、ガキのくせにいきなりアレンジ試みるなよ。……まぁ、俺も長すぎると思うけどよ」
などと、昭と「サッポロ一番塩ラーメン」について語り合い始めた少年。両者ともちゃぶ台を挟んで向かい合う形だ。昭は胡坐をかき、少年は正座で姿勢正しく。
南としてはそんな光景を目撃してしまえば「絶対外に出してはいけない」と固く決心するしかない。そしてポテトサラダと豚肉の天ぷらを何とか口に運ぶ。
はっきり言って食欲も何もなくなっているのだが、昭には何とか
「それより何杯食べるのよ? あの店でも結構食べてたでしょ?」
「え? ……ああ、そういうものなんですね。すいません。僕からは何とも……」
何しろ、そうやって少年に突っ込む篁だって味方では無いのだ。
そしてリアルで話が通じない宇宙人少年。その通じなさに秘密があるのは明確なのに、昭も篁も一向に頓着してくれない。
そして、そんな雰囲気の中で少年は続いて「明星チャルメラ」の袋を開けた。
~・~
食事が一段落し、今更ながらの仕切り直しが始まろうとしていた。
この状態に辿り着くまで「ヌードル・フィロソフィー」の店主の反応は一般的かどうか? という果てしなくどうでも良い話題で盛り上がった後なのだから本当に今更ながらである。
そちらの議題については、まず最初に青い肌の少年が店にやって来た段階で何らかの反応があって然るべきなのではあるのだが「ヌーフィロ」の店長は立派におかしかった。
何しろ、
「あ~~、あのおっさんならそうなるだろうな。ラーメンの事以外考えてない」
と、昭が保証するほどのこだわりの持ち主である。
客が食べている端から「濁ったスープはだめ」「麵の加水率は」等と講義を始めるような男なのである。
「ヌーフィロ」という店は、カウンター席が七つだけという驚くべき狭さでもあるわけだが、その狭さは恐らくわざとだろう、というのが衆目の一致した見解だ。
何しろ「ヌーフィロ」、名店としても有名で、いつも満席は当たり前で行列は長いという繁盛ぶりなのである。
それならせめて拡張工事か大きな場所に引っ越してくれ、繁盛してるのだから出来るだろう? と考えてしまうのが人情というものだ。
さすがに少年が来店していた時には行列までは出来ていなかったようだが、満席ではあったらしい。
「で、私はラッキー、って思ったのよね。そうしたらいるんだもの。端の席で……ずっといる、みたいな雰囲気でね」
「それ忘れてた。いくらだったんだ?」
「五千円ぐらい。替え玉でひたすら食べてたけど、スープ無くなったらさすがにね」
「……確実に五杯以上だな……」
南が上げる頭をなくしてしまったのは言うまでもない。
そこから少年と「この店主は地球人としてどうなのか?」という話になり、少年の反応全てが貴重な情報になりえるのに、この時の南は、
「友達か!?」
と、突っ込みたい気持ちで一杯になってしまっていて気もそぞろ。
昭と篁は「で、青いのはどうしたんだ?」「メイクというかコスプレというか。そういうことになっちゃったみたいよ」とちゃんと突っ込んだりするのだが、それが基本的にスルーになってしまっている。
コスプレと言えば、この異星人の少年。上はネクタイまでも身につけた、大人びた出で立ちではあるのだが、下は半ズボンという狙わなければ「そうはならんやろ」という恰好。
確実に地球の情報収集に偏りがあることが窺える。
それに気付いたところで、南が何とか精神を立て直し、食事もあらかた片付いたこともあって、タイミングよく仕切り直しという事になったわけだが――もう一度言うが今更である。
「んじゃ、仕切り直しと行こうか。――俺が昭だ」
「それはお名前ですね。そして昭さんがロボット……に乗っていたことで間違いないですね?」
それでもとにかく、話はようやくのことで話は先に進んだのだろう。昭が自らそう宣言したのだから。そして少年も、とりあえず進める意欲はあるようだ。
「――ああ、そうだな。俺が乗ってた。知らなかったのか?」
「いいえ。確認しなければなりませんでした。そうじゃないと知りたいことも聞けませんから」
朗らかに笑う少年。
そして微妙に食い違う会話。
異星人相手であるから、それは当たり前なのかもしれないが……。
南がごくりとつばを飲み込む。
しかし昭はそれに構わず少年に向けて、こう詰め寄った。
「それはともかく、お前も名乗れよ。地球ってのはそういうものなんだ」
「あ、そうですね。そうでしたか」
少年は、納得したように目を見開くと、
「僕はサヒフォンと言います。それが一番近い響きになります」
と、自己紹介した。
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