破壊に理論を
公園の中央部には花壇で作られた日時計と、優雅なアーチを描く噴水があった。
そう。それはもはや過去形。
駐車場の次に拓けた場所に出たことで、二人はもつれ合いながら、それぞれのバイクを乗り捨てた。バイクが限界を迎えたというよりも、二人の我慢がそこで尽きたのだろう。
バイクの操縦などに気を取られずに、全身全霊で殴り合いたくてたまらなくなったのである。
打ち合わせしていたかのように二人は同時に蹴りを放ち、そのままそれぞれのバイクから弾き落される。その後二人は改めてバイクに跨ろうとはしなかったのだから、やはりこれは乗り捨てた、という事になるのだろう。
「ぐふぅ!」
そして昭は腹に膝を食らう。
離れ離れになった両者は、再び殴り合うために全速力で近付き、ムラシンが掲げた膝に昭が勝手に突き刺さった形だ。
昭の闘争心が裏目に出たようなものだ。
昭の身体は花壇を盛大に破壊した。だが昭の身体は破壊されはしなかった。すぐに態勢を整えるとムラシンへと向き直る。
ムラシンも一発で昭が「壊れる」とは微塵も考えてはいなかったのだろう。追い打ちをかけるべく、全力で昭へと迫る。
昭もそれを正面から受け止める――かに思えたが、昭はステップを刻み右へ回り込んだ。
ムラシンは改造バイクと同じようなクセを持っているのか、側面の反応は鈍い。
その鈍さがあれば、昭には余裕だった。
ムラシンに一撃をねじ込むには。
回り込んだことで発生したモーメントに上乗せするように、右フックをムラシンのボディに叩き込む。
ムラシンが人間であるなら、その一撃で決着が付く。
心臓を守る肋骨ごと粉砕する、理論と暴力が噛み合った一撃だからだ。
だがムラシンは、躱すことは出来なかったがギリギリでガードは間に合わせた。
左腕を畳んで、何とか昭の一撃を受け止める。
しかしそこまでが精一杯だった。容赦なしの昭の力を全身で受け止めるしかない。当然ムラシンの身体は宙を舞い、そのまま噴水を破壊する。
ボディにクリーンヒットとはいかなくとも、これはこれでケリがつかなければならない一撃のはず。
しかし昭は、その“はず”を無視した。
ムラシンもまた“はず”をキャンセルした。
壊れた噴水から吹き上がる水によって全身を濡らしながら、何事も無かったように立ち上がる。
濡れた黒髪が全身に張り付き、凶悪な程に婀娜っぽい。キラキラ光るネックレスのチェーンがそれに華やかさを加える。
しかし紅い唇に彩られた笑みは獰猛だった。一瞬の油断で喉笛を噛み千切られる予感で全身が震えだしてしまうほどに。
だから、なのか。
昭もまた笑みを浮かべるとムラシンへと殴り掛かる。今度もまた、右に回り込みながら。今度は距離があるためにムラシンもきっちり迎撃する。
結果としてこの場所はさらに破壊されてゆく。
~・~
二人は建造物や花壇を狙って執拗に暴行を繰り返していたのではない。標的はあくまでお互いの身体だ。
しかしそれがクリーンヒットすると、お互いに弾け飛んで結局破壊の限りを尽くしてしまう。謂わば公園の施設はひたすらに巻き込まれてしまったていた、という事になるだろう。
瀟洒な飾りつけをされた街灯も折れ曲がった。それも幾重にも。
煉瓦で敷き詰められていた広場だったはずが、砲撃を受けたような惨憺たる有様。戦禍に晒された跡、とした方が納得できるような光景になってしまっている。
それなのに二人は生きている。生きているどころか、尚も元気そうに殴り合っていた。それだけでもわかる。この二人は人間ではないと。
人間であれば無事で済むはずが無いのだから。
それにつられて奇異な点を探すのなら――互いの服もまた健在であるという事だろう。
ムラシンが身につけているツナギはほぼ間違いなく異星の産物だ。あるいはツナギもまたムラシンの一部であるという可能性もある。
そこまで割り切ってしまうと、ムラシンの衣服が無事なことはまだ納得できるだろう。
しかしながら昭は――昭が身につけている服は単なる学校の制服だ。それなのに着乱れているとしても全体的な崩壊には結びついていない。
しげるが密かに手を入れた可能性もある。何しろ衣替えしていたので、冬服に関してはいくらでも細工のしようがあったのだから。
ムラシンはそういった事情を知るはずがない。そもそも昭の服にダメージが無いことを不思議に思うのかどうか。
今、ムラシンが浮かべる表情は戸惑いであった。
いやそれは昭の服の強靭さに戸惑ったわけでは無いのだろう。ここにて「攻撃の偏在」とも言うべき現象にムラシンは戸惑っているのだ。
ムラシンは徐々に昭の攻撃を一方的に受けるようになってきていたのだから。
体力の差がこの現象を引き起こしたのか? いや、それはあり得ない。理屈を考えれば昭の体力が先に尽きるべきなのだが……とにかく今は体力の問題ではない。
では、
だがそれはムラシンも同じ条件だ。ムラシンもまた昭の攻撃に慣れる――慣れる?
ムラシンは戦いながらの自己分析で気付いた。
自分の動きにおかしな“慣れ”があることを。
昭が右足を上げた。ムラシンは昭の右足が繰り出す攻撃に対応するため態勢を整える――しかし次の瞬間、ムラシンは右からの一撃を食らっていた。
ムラシンは理解した。
昭の戦闘巧者ぶりを。
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