決着は付かず再戦へ
昭が仕掛けていたのは、言葉にすれば大したことではない。簡単に言えば自分の攻撃を右側に偏らせていただけだ。つまりムラシンから見れば左側だ。
バイクでのデッドヒートの時は自然とそうならざるを得なかったが、この場所では昭がそう仕掛けていたのだ。
それによってダメージがムラシンの身体をアンバランスにした――という事ではない。アンバランスにしたのは言ってみればムラシンの心だ。
昭の偏った攻撃によって、ムラシンは攻撃されると「左から攻撃される」と早くに判断してしまうように慣らされてしまった。
そんな状態になれば右からの攻撃には、一拍遅れて反応してしまう事になる。
気付いてしまえば修正できる、と強がっても心の自然な反応だ。そう簡単には修正できない。無論、右からの攻撃を受け続ければ、それは自然と直るだろう。
だが、修正されるまでどれほどのダメージを背負うことになるのか。
そして、真に驚嘆するべきことは、そういった戦略を巡らせる昭の戦闘センスだ。バイクでの戦闘時から、こういった“慣れ”をムラシンに刻むことが出来る、と判断したのはいつからだったのか?
人間離れした攻防の最中に、昭は密かにこういった罠を仕掛けていたのである。あるいはこうやってムラシンが策に気付き、こうやって驚愕することまで計算の内だったのか。
囮のために上げた右足を、そのまま地面に叩き込むようにして踏みつけると、左拳でムラシンの右脇腹を狙う。
人間であれば肝臓に深刻なダメージを与える一撃だ。
当然、ムラシンにはそういった内臓的な弱点は無いのだが、単純な力はキャンセルできない。しかも防御が間に合わないとなれば、それをもろに食らう事になる。
――そこまではムラシンも納得出来た。
そういう仕掛けを施されていたことに気付いていたのだから。
だが昭は、ムラシンがそうやって仕掛けに気付いたことを鋭敏に察した。今までは相手を吹き飛ばした後、自然とインターバルが生じていたのだ。
しかしそれもまた――昭の仕掛けだ。
昭はムラシンが気付きによってさらに反応が遅れたことを嗅ぎ取り、宙に浮かんだムラシンの右手首を掴む。そしてムラシンを追い、そのまま膝を叩き込んだ。
手首を掴まれているから、力の逃げ道がない。ムラシンは何度も突き上げられる昭の膝を食らって、ヨーヨーのように扱われる。
「――ああ!! ダメだね!!」
ムラシンが叫んだ。悲鳴ではない。どこか自棄になったような声音で。
それで攻撃の手を緩める昭ではない。叫ぶことは悪あがきにもなっていなかったが、ムラシンの悪あがきはそれでは無かった。
掴まれていない方のムラシンの左腕が、人間としてはあり得ない軌道を描き、ムラシンの右手首を掴む昭の左手に鞭のような一撃を与えたのだ。
力ではなく、意表を突かれたことによって昭は思わず左手を緩めてしまう。
その一瞬で、ムラシンは昭の拘束からの脱出に成功した。だがそれは本当に脱出出来ただけ、という有様で身体が斜めに傾いでいる。
いや本当に身体全体が崩れ落ちそうに――
「どうやら、この状態じゃあたしに勝ち目はないみたいだね! じゃあ、本番ならどうかな!?」
あの軟体ロボを思い出し、昭の反応が遅れている間に、ムラシンはそう叫び、そして宙に浮かんだ。
サヒフォンと同じように。
「本番だぁ? 何言ってやがる! お前は負けたんだよ!!」
昭が吠えた。
何故ならそれしかできなかったからだ。セントーAと同じように、昭に飛行能力はない。
ムラシンもそれを知っているのだろう。
昭は跳び上がるのが精一杯。効果的な攻撃は出来ないと。
だからムラシンは余裕をもって昭に応じる。
「それこそおかしな話だよ! 私たちの本番はロボットに乗ってからだって! わかってるんだろう!?」
あからさまな挑発。それだけを言い捨ててムラシンの身体はさらに高く舞い上がり、そのまま東の空へと消えていった。
その方向には――富士山がある。
「くそ! 勝手なことばっかり言いやがって!」
慌てて昭は乗り捨ててあったロマンバイクにまたがる。そしてスターターを押し込み再起動させた。
それと同時にモニターに南の姿が映る。
『昭君! ムラシンが演習場に向かってるのね!?』
「お、おう……そこまでわかってるのか」
『レーダーで捕捉できるみたい。それで――』
「わかってる。俺も追うぞ」
『バイクじゃどうやっても遅れるわ。「決闘法」がどういうレギュレーションなのかは不明だけど、パイロットが現場にいないのはマズいと思う』
「だから――」
『だから飛行場に来て。ヘリじゃなくて、もっと速いの用意してるから」
そう言われて、昭はすぐさま判断した。
ムラシンとは逆に西へ向かい、飛行場を目指す。警察の交通規制はまだ続いているらしく、公園から脱出した昭はそのままガラガラの道路を突き進み、十分もかからずに飛行場に到着した。
飛行場で待ち受けていたのは、アイドリング状態の戦術輸送機。
後部ハッチは解放されており、その中にいるのは南。
それにサヒフォンと南の姿だった。
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