もうなくなってしまうラーメン

 戦術輸送機のペイロードはヘリコプターのそれより大きかった。しかし、急場の事で無理矢理引っ張り出したので、居住性はさらに悪くなっている。

 それでも広さだけはあるので、狭さを感じることは無かった事が救いだろうか。


 戦術輸送機はすでに離陸しており、ジェットエンジンの駆動音と浮遊感が身体全体を包んでいる。


「で、何でタカがいるんだ?」


 ロマンバイクの陰で、制服を防護服に着替えながら昭が尋ねた。


「サヒフォンは連れていった方が便利だとは思うけど」

「僕としては文化祭の続きを確認するつもりでした。体育館で行われる劇『掌の上の終末論』が気になります」

「お前……」


 昭は驚いたのか、口を大きく開けた。


「よくそんなタイトル覚えてたな。劇、で覚えてりゃ済む話を」

「それだけ見たかったという話です」

「で、タカは――」

「ちょっと確認したいんだけど」


 南がペイロードに現れると同時に、声を掛けてきた。当たり前だが空気を読むというような余裕はないらしい。


「ムラシンがやっぱり異星人という事で間違いないのね?」

「そうだろうな。ロボット戦が本番だって言ってたし」

「それで昭君、怪我してるとかは……ないみたいだけど」

「そうだな。腹が減った、ぐらいはあるな」


 公園がどれほど破壊されたのかの連絡は受けていないらしい南は、それで胸を撫でおろした。


「栄養剤ぐらいならあるけど……どうする?」

「それで空腹を誤魔化すのもなぁ。タカはせっかくついてきてるのに、蕎麦の一つの持ってきてねぇのかよ?」

「茹でないで食べるつもり?」


 と、ようやく篁が返事をしたが、その視線はずっとサヒフォンに向けられたままだ。サヒフォンも何やら居心地悪そうにしている。


「……何だ?」

「それが私にもよく……篁さん、何か気になることがあるみたいで」


 昭が南に水を向けてみると、南も事情をよくわかってないらしい。

 そこで昭が飛び出した後の学校の様子を聞いてみると、なんとなく、といった感じで、そのまま文化祭は続行されたようだ。逞しいというべきか、危機感が薄いというべきか。


 南は何かしら後始末が必要になるだろうと、昭に連絡したのち、学校に向かったらしい。そこで事情を聞くべく篁とサヒフォンに接触したわけだが――


「最初からあんな風で。で、篁さんが現場に連れてけって」

「タカが言い出したのかよ。……ん? だとするとサヒフォンが劇にこだわったのって、何かを誤魔化すため?」

「違います。劇を確認したいのは本当です」

「じゃあ、他にも『本当』があるのね」


 間髪入れず、南がサヒフォンに詰め寄った。


「タカ、しっかりと説明しろよ。サヒフォンに問題あるのか?」


 たまらず昭がそう言うと、篁はサヒフォンにプレッシャーをかけることはそのままに、返事をする。


「私、今度の異星人がどんなのか知らなかったんだけど、聞いてみてもさっぱりわかんなくて」

「わかってるぞ。敵はグネグネしていて、あんまり強くない」

「それはロボットの事だけでしょ? 私が知りたいのは、異星人が侵略の後、地球をどうするつもりなのか? ってことね」


 そう指摘されて、昭は眉を顰めてしまった。南も同じ反応を示す。

 だが、侵略者はそれを伝える必要は無いし、昭にしても「勝てば問題ない」のスタンスであるから気にしなかったのだろう。


 その辺りの理屈を南が伝えてみると、篁も一旦は納得したようだ。


「そういうものなのかも……前回はサヒフォン君が教えてくれたけど、それは特別だったってことか」

「そうですよ」


 篁の態度が軟化したと判断したサヒフォンが、この機を逃してはならないとばかりに声を上げる。


「でも、そういうサヒフォン君なら、どういう異星人が来てるのか、何を要求してくるのかわかってるんじゃない?」


 すかさず篁が反撃すると、サヒフォンはここでミスを犯した。

 沈黙してしまったのである。


 サヒフォンもすぐに自らのミスに気付いた。そこですかさず、こう返事をした。


「それを伝えることは『汎宇宙公明正大共存法』に違反する可能性が――」

「それはわかった。じゃあ、こう聞くね。この地球が侵略された後も、サヒフォン君はラーメン食べられそうなのかな?」


 サヒフォンはさらに致命的なミスを犯す。

 沈黙どころか驚愕の表情を浮かべ、そのまま狼狽えている事を隠そうともせずに、全身がわなわなと震えている。


 そのサヒフォンのリアクションを見れば、侵略された後の地球の運命は明白だった。ろくなことにはならない、と。


 驚きに細い目をいっぱいに開いた南はそのまま操縦室へ取って返し、昭は無言で拳と拳を突き合わせている。


 ――今度の侵略ロボは強くない。


 そんな風に考えて、緩んでいた空気が一気に引き締まった。


 侵略されているのだ。勝てそう、では駄目なのだ。勝たなければならないのだ。


              ~・~


 富士演習場ではそんな風に心構えを改めるほどの余裕はない。


 南からは再び侵略ロボが。

 そして西からはムラシンが迫って来ている。


 二つの飛行物体の補足と、それに連れて入ってくる情報の分析に忙殺されていたのだ。恐らく、この二つの飛行物体は接触する。

 いや合流すると考えて間違いないだろう。


 ならば前回の戦いは――


「パイロット不在か」


 しげるが重々しく呟いた。

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