デッドヒート
星型エンジンを進行方向に向けて横置きということは、まずアンバランスなほど巨大な「円」が迫ってくるという事だ。そんな状態であるから誰が乗っているのかすらわからない。
ハンドルはチョッパー仕様だが、それは格好をつけるためではなく、そうしなければエンジンに引っかかってしまうという実用性があるからだ。
突き出した前輪もまた巨大。何と言っても太い。見た瞬間に恐怖心を呼び起こされることになるだろう。このままでは轢き殺される、と。
「へっ!」
しかし昭は逆に、嬉しそうな声を上げると改めてハンドルを握り直した。とはいえ進行方向はそのままに。改造バイクと並走するつもりのようだ。スピードをさらに緩め改造バイクを待ち受ける構え。
しかし止まってしまえば、あっという間に置いて行かれることも明白なので、その辺りの加減は難しい。振り返らず、後方の視界はハンドルの下にあるモニター――先ほど南が映っていたモニターだ――で確認する。
ドドドドドドドドド……
爆音が響いてきた。星型エンジンに相応しい、鼓膜ではなく身体全体を揺さぶる鼓動。それにプラスして、視界の中にも変化があった。
星型エンジンの向こうで波打つ、艶やかな長い黒髪。
そのまま昭のロマンバイクと並走することになり、当たり前に黒髪の持ち主がしっかりと確認できた。まずはっきりとわかるのは持ち主が女性であることだ。
女性は真っ赤なツナギを着ているのだが、それでも窺える蠱惑的なボディライン。胸元で暴れる何かの紋章をあしらったペンダント。
まずそういった全体像で衝撃を受けるせいで確認が遅れてしまうわけだが、顔の方もきっぱりとした美人である。紅いルージュがあまりにも似合い過ぎていた。
「ムラシンだな!?」
爆音を切り裂いて、昭が叫ぶ。
「会いたかったよ! アキラ!」
女性――ムラシンが叫び返す。
確認に意味は無かった。お互いがお互いをそうだと確信していた。ただ、挨拶を交わしたようなものだ。
改造バイクとロマンバイクが軽く接触する。それもまた挨拶の一環なのだろう。
その接触で弾け飛びそうになるボディを抑え込んで、両者はもつれ合いながら北上する。
~・~
パワーは改造バイクの方が上回っている。しかし操作性の方はロマンバイクの方が圧倒的に上回っているようだ。ロマンバイクは幾度もの接触と火花に彩られながらも、改造バイクに圧倒されることは無かっただから。
四輪のトルクが独立しており最適解を弾き出し続け、それを操る昭の身体能力が最適解の利点を最大限に利用して改造バイクにプレッシャーを与える。
「直線番長」仕様とも言える改造バイクは、実は横からの力には弱い。
今までは横に並べるモノがいなかっただけ。そしてムラシンの攻撃に耐え得るモノがいなかっただけの話。
「嬉しいねぇ!! やっぱりアキラはそうだったんだね!!」
「ああ、それで間違いない!!」
この状況下であっても二人の戦端は開いていた。お互いのバイクをぶつけ合い、その姿勢を制御しながら、さらに攻撃する。
空いた腕で、足で、額で。
昭は全力だった。改造されている力を恣に振るっている。また、そうしなけばロマンバイクに乗ったまま戦えるものではない。
だからこそわかる。
――ムラシンもまた普通の人間ではないということが。
南が何をきっかけにして、それを看破したのかはわからない。
ムラシンが何者なのかもわからない。
しかしそれはどうでも良いこと。昭とムラシンはひたすらに戦い続ける。戦う事が何よりも優先される。
それでも昭が幾分かは有利になってきているようだ。
互いの戦闘能力は伯仲していたとしても、乗っているバイクの性能が釣り合わないらしい。
やがてロマンバイクは改造バイクの進路にねじ込むようにして、その頭を押さえ、右へとスライスしてゆく。
幹線道路沿いのビルの壁面を削り、ショーウィンドウのガラスを砕きながら。
そのまま二台のバイクはもつれ合いながら、戦い続けながら進んでゆき、その先が拓けてゆく。南が想定したように公園に向かうルートに乗ったようだ。
公園は所謂自然公園で、結構な敷地に緑が残っていた。
あの公園であれば、バイクが縦横無尽に暴れ回ることになるだろうが、同時に被害も押さえることが出来そうだ。少なくとも人死にの危険はかなり軽減されるに違いない。
昭とムラシンはそれを同時に「よし」としたのか、さらにバイクの速度が上がる。
公園との間に川が流れており、謂わばそれは向かう先に亀裂が入っているような状態であったのだが、これだけ速度が出ているバイクにとっては障害にはならない。
堤防をジャンプ台にして、一気に飛び越えてしまう。そのまま公演を取り囲むフェンスを曳き潰しながら、ついに二つのバイクは公園に到達した。
とは言っても、いきなり緑豊かな場所に乗り込んだわけでは無い。
まず到着したのは来園者に向けて提供されている駐車場だ。当然、駐車されている車が無事で済むはずもない。
タイヤを滑らせまくった化け物バイクたちによって、普通と軽の区別なく何もかもがく蹂躙されてゆく。
「大人しくしやがれ!」
「あんたこそ!」
少なくともスピードの競い合いは終わっていた。そのために慣性に余裕が出てきた二人は、その余裕を口喧嘩に回す。とことんまで戦いに力を回していた。
そして口喧嘩をやめないまま、二台のバイクは公園の奥へと向かった――
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