その爆音は戦いの狼煙

 六十苅むそがりが圧力をかけるまでもなく、薮内はペラペラと喋り始めた。しゃくれている顎を突き出しながら。


「つるんではいねぇんだよ。その……傘下に入っちまったと言うか……」

「グロサタが? マジか……」


 薮内が説明するには――


 「亞羅刃罵アラハバ」の連中が「GLORYグローリー SATANサタン」の連中が屯っている、県境の廃工場に乗り込んで来た。「亞羅刃罵」というよりは、最近売り出し中の「ムラシン」って女がイキってやってきた――ように見えたらしい。


 最初は相手にしなかったが、若いのが二、三人倒されるとメンツもあるから、相手をせざるを得なくなり、幹部が相手になったわけだが……


「それがとんでもなく強くてな、その内に頭の法上院さんまで出ることになっちまって……」

「それにも勝ったのか!?」

「ああ。負けちまった。法上院さんは、強えーだろ? それでムラシンも本気になったみたいで、それが……そこのアキラを思い出しちまうような……」

「へぇ」


 昭が牙を剥きだすようにして笑う。薮内は昭が「GLORY SATAN」に殴り込みをかけたことも知っているらしい。

 六十苅はとりあえずそれをスルーして話を先に進める。


「それで法上院が負けたから、傘下になったってことか?」

「い、いや……」

「はっきり言わねぇか!」

「お、俺たちだって、法上院さんやられたら黙ってられねぇからよ……フクロにしちまおうって流れになったんだけどよ……」


 そこから先は説明されるまでも無かった。

 つまり返り討ちされてしまった、と。女相手にみっともない真似をしたという事で、プライドもへし折れた。


 さらに怪我人も多く出てしまって、これ以上逆らうことも出来なってしまい、その挙句に下された命令が、よりにもよって「昭を倒せ」だ。

 まさに往くも地獄、退くも地獄。それで「GLORY SATAN」の敗残兵は、あんな奇妙な状態で学校に現れたということだ。


 しかし、それも一段落したという事になるわけだが――


 その時、昭のスマホが鳴った。「蒼き流星となって」では無いから、侵略ロボ絡みではない。

 無いはずだが……


 ディスプレイに表示されているのは南だ。昭は迷わず、通話ボタンをタッチする。


「俺だ」

『昭君!? 学校大丈夫?』


 出し抜けでこれだ。南はある程度事情を把握しているらしい。


「それは何とかなった。そっちは何かあったのか?」

『教えて貰った「亞羅刃罵」の動きには気を付けていたんだけどね――』


 やはり「亞羅刃罵」の動きは異星人の侵略とは全く関係ないとしか思えなかったらしい。薮内の話を聞いた昭もそれには納得する。

 ヤンキーたちの間の勢力争いとあまり変わらないからだ。


 ところが「GLORY SATAN」ぐらいの規模になると、そのまま渡世と繋がる連中もいる。その線で矢立組にも「ムラシン」のやばさが伝わって来たらしい。

 曰く、人間とは思えない、と。


 侵略される前なら、そういった謳い文句はよくあるハッタリにしかならないところだ。しかし今は、本当に地球人にんげんでない者が存在する可能性を無視できない。


 ましてやそれが昭に拘っているとなれば――そこで南は改めて「ムラシン」の再調査を命じた。


 ――だが、それは一歩遅かった。


『もう「亞羅刃罵」も何も関係無くて矢立組ウチが動いてたんだけど、ごめんなさい。もうウチでも対処できなくて』

「じゃあ、ムラシンってのは……」

『侵略と関係あるとみて間違いないと思う。今は何とか追跡してるけど、それが限界なの』

「追跡って、どういう状態なんだ?」


 南が言うには、信じられないぐらいに改造されたバイクで暴走行為を繰り返しているとのことだった。警察も動いているが、矢立組と同じくお手上げらしい。

 それを聞いて、昭の顔が再び笑みで歪んだ。


「――俺を誘ってるわけだ」

『……そうみたいね。情けない話だけど、もう私の手に余るわ。それで――』


 南は無責任とも思える提案をしてきた。そしてそれは全く昭の好みだったのである。 


                ~・~


 サヒフォンの案内を篁に任せ、昭は今、国道へ続く道を疾走している。しげるの妄想が形になったロマンバイクに跨って。

 いやバイクかどうかは判然としない。例の四つ輪が正体だからだ。もちろん、そんなのが公道を走る許可が下りるはずはない。


 存在自体が非合法。あるいは超法規的存在。


 しかし駆動システムがデュアル方式のこの四つ輪でなければ、殺人的な速度で突っ走る「ムラシン」が駆る、改造バイクにひきずり回されるだけ。


 ロマンバイクが国道に出る。それと同時に備え付けのモニターに南の顔が現れた。


『国道出たわね!? 今、ムラシンは北上中! 昭君も北上して。出来ればその先の公園に押し込んで!』

「ちっ! わかったよ!」


 昭をムラシンに突撃させると、被害が甚大になるという事なのだろう。それならここから少し北にある大きな公園で暴れさせた方が被害は少ない。

 ムラシンの狙いが昭にあるのなら、昭自身を囮にして公園に誘い込んでくれ――


 昭は一瞬で南のそんな要求を理解したのだ。そこでスピードを緩め、向かって来ているはずのムラシンと改造バイクを待ち受ける。

 すでに国道は封鎖されているのだろう。他に道を進む車両の姿は無く、風が吹きすさぶ。


 そしてその風を引き裂いて、凶悪なエンジン音が響いてきた。振り返った昭の目が見開かれる。


「……なるほどな」


 ――昭の視界に現れたのは、星型エンジンを横に積んだ尋常ではない仕様の改造バイク。

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