祭りの準備

 さてそれから数日後。学校の行事で考えるなら、二学期の中間テストは終了し、体育祭もまた通り過ぎていた。現在は文化祭の準備で忙しい十月下旬である。

 本番まではあと一週間といったところだ。


 学校に馴染みのない七津角昭であったが、ここ数日は珍しく放課後学校に残っていた。

 理由は、女子バスケット部が文化祭に出店する、屋台の監修を頼まれていたからである。


 何の屋台かと言われれば、それはもちろん「蕎麦」である。

 秋を喪失した日本ではあったが、幸い気温も下がってきており、温かい蕎麦が不利になることはないだろう。


 あとは蕎麦のクオリティを上げれば――と、バスケよりもよほど熱心に女子バスケット部は準備に取り組んでいた。

 

「だからね。可愛い恰好をすれば、それだけで勝ちは見えるのよ」


 ポニーテールを揺らしながら、そう主張するのは部長の萩野久美だ。一学期で三年生は引退しているので、年は昭や篁と同じである。


「勝つ? 別に喧嘩するわけじゃないんだろ?」


 そんな萩野の所信表明演説を聞きながら、昭は首を捻った。

 二人は今、校門から続く通りの脇の芝生に入り込んでいる。この場所は女子バスの屋台の設置予定場所の程近くであり、二人は現場視察の最中であった。


 普段は学校で姿を見かけない昭がいる事自体が、他の生徒たちのプレッシャーになっているようで、同じように下見をしている各部の生徒たちは二人を遠巻きにしている。


 夏休みの間に破壊された校門と周囲の塀はすでに修理されているが、その部分だけが真新しいので、それは即ち「破壊された」という事を雄弁に物語っていた。

 それに昭が関係していることも知れ渡っているので、校門が視界に入る状態で昭の姿を同時に見ることはさらにプレッシャーをかけることになるのだろう。


「バカ昭。ケンカでものを考えるな。つまり頑張れば打ち上げが豪華になるって事よ。それが勝利って事ってね」


 そのプレッシャーをものともしないのが篁だ。

 篁の場合、学校では昭と同じフォルダにしまわれている立ち位置なのだが、それも気にしない。どこから調達したのか、焼きそばパンをもぐもぐと食べながら二人に近付いてきた。


 この篁の影響で、女バスの面々も昭に対してかなり慣れてきている。昭が屋台の監修を引き受けたのも、そういった縁があるからだ。


「……わかったようなわからないような……」

「何でわからないのよ。そりゃ、あんたは自由にお小遣い使えるようになったから、実感わかないんだろうけど」


 侵略の魔の手から地球を守る戦いに身を投じている昭は、当たり前に無制限の経済援助が約束されている。「お小遣い」などと言われるような規模では絶対無いので、この辺りからもまた、篁がずれていることが窺えるわけだ。


 ちなみに昭がセントーAに乗っていることも知れ渡っているので、それでも女バスの面々が気後れしないのは、この篁のずれも大いに関係している。


「いや、金があっても蕎麦が食えれば十分だし。というか、旨いそばを食うのに、金はあまり関係無いし」


 その昭もまた、自分の経済的余裕を実感しにくい生態を維持したままだ。


「で、はぎのん。屋台で蕎麦をするのは良いんだけど――」


 昭を見捨てて、篁は萩野に話しかける。


「――可愛い恰好、って言うのは何?」

「要するにウェイトレスよ。部員はウェイトレスの恰好で接客するわけ」


 そのアイデア自体は別段珍しいものでは無いだろう。蕎麦を提供するのに、ウェイトレスの出で立ちというのはなかなかミスマッチだが、和装はチョイスできなかったようだ。


 揃えるのにも、着るにも。とにかく和装はハードルが高くなることは間違いない。勝利を目指すなら初期投資は出来るだけ抑えたいと考えるのは当たり前だ。


 それに女バスには――篁がいる。


「たっかんが、その大きなを揺らしながらお相手すれば、男どもがわらわら寄ってくるってわけよ」

「私がずっと接客するの? それは勘弁してよ」

「労働条件に関しては、後で交渉しましょう」


 労使交渉は後回しにして改めて萩野は昭へと向き直った。


「それで、七津角君には味のクオリティアップを頼みたいのよ」

「文化祭でそこまでいれこまなくても……そんな熱心な蕎麦好きはまず来ないだろ?」

「私はね、言い訳が必要だと思うのよ」

「言い訳?」


 勢いに押されながらも、何とか昭がついてゆくが、荻野の説明はさらに混迷を深めた。


「たっかんの色気に惑わされて蕎麦を何杯もおかわりする、なんてことは言い訳にしづらいでしょ。そこで蕎麦も立派に美味しければ、言い訳もしやすくなるわけ」

「それは……う~ん……いや……」


 頷けるような、ツッコミどころ多数というべきか。

 それは「即決が習性」と言っても良い昭をもってしても、迷わせるに足る迷言だった。


 腕まで組んでしまった昭であったが、やはり考えることをすぐに放棄する。


「――その辺りは何でもいいか。で、蕎麦の味を何とかするって話だけど――」

「手打ちで名店とのコネとかあるんじゃないの?」


 昭は何とか話を先に進めたが、荻野はそれに追いすがって、昭への要求を具体的にした。

 そしてことが「蕎麦」という自分のテリトリーの話だったので、昭はすぐさま返事をする。


「それは難しいぞ」


 と。

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