風雲急を告げるのか?

「確かに手打ちならまず香りが違うし、それはそれで正解なんだろうけど、この場所で茹でるってのは……」


 この場所は屋台の設置位置にほぼ近い。火を使う事は、申請すれば許可されるだろう。だが、それでは手打ちの蕎麦の旨さを十分に発揮できるかというと、それは難しいと昭は説明した。


「たっぷりのお湯がいるんだよ。それに茹でるのにも技術がいる。屋台の後ろってそんなに広くは無いんだろ? それは諦めた方が良い」


 思った以上に昭は親切だった。事が蕎麦だけに親身になっている。

 それだけに荻野も、自分の思い付きに無理があることは理解したらしい。


「で、手打ちは難しいとして他にアイデアあるんでしょ?」


 そういった雰囲気に構わず、メロンパンを頬張りながら篁が追求した。


「そうだな。つゆは何となるかもしれん」

「つゆ? スープね!」


 生気を取り戻した荻野が、ガバっと顔を上げた。ポニーテールが跳ねる。


「蕎麦自体は、安いのでいいよ。茹でた奴がビニールに入ったのがあるだろ」

「よく見るタイプの奴ね」


 続く昭の説明に、荻野は生き生きと相槌を打つ。


「それを湯でほぐすぐらいはして欲しいところだな、で、そこにつゆを注ぐ」

「それなら、上に乗せるものも欲しいわね」


 篁が参加してきた。そしてそれはもっとも意見でもある。

 だが、それに対して昭は嫌な顔をしてみせた。


「それは別にいいんじゃないか? 葱があれば十分だろう。あと天かすでも浮かべれば恰好は付く」

「かまぼこぐらいはいけるんじゃないのって。切って乗せれば良いんだから」

「他に出汁が出そうな具材は調整が難しいんだよ」


 新たに言い争いを始めた二人であるが、それでも屋台で提供するべき蕎麦の姿は具体的になったようだ。

 ただそれも、昭のコネがつゆに融通を利かせることが出来るか? になるわけだ。それを篁が確認する。


「心当たりがある。まぁ、なんとかなるだろう」


 と、具体的な事を言わない昭の脳裏に浮かぶのは、地回り自由業やくざ若頭代行、南の姿だった。

 暴力うんぬんより、自分以上にコネを持っているだろうと昭は考えていた。そうなると自分は近場で旨い店を幾つかピックアップすれば済む。


 女バスの面々にはテスト対策で世話になっていたので、昭も親身になっていたわけだが、これでどうやら役目は果たせそうだ。

 そう思って。昭が一息ついていると、


「――なな』の」


 と、野太い声で呼びかけられた。

 昭を「七の」と呼びかけるのは、この学校でも一人だけだ。


 だからこそイヤな予感を抱きながら昭は、


「何だよ、ろくの」


 と言いながら振り返った。

 そこには昭の予想通り、ガタイの良い男子生徒――名を六十苅むそがりという。


                ~・~


 六十苅は簡単に言えば、この学校の番格だ。顔役という言い方でも良いだろう。つまり素行が悪い生徒たちの元締めということになる。

 頭は綺麗に丸刈りにされ、ごつごつとした岩のような面相。そこだけ見れば修行僧のようにも見えるが、凶相具合では昭に匹敵する。


 柄物のカーディガンを羽織った上で腕まくりをしており、その腕は十分に太い。

 六十苅もまた、そこにいるだけで周囲にプレッシャーを与える男だった。


 それを六十苅も弁えているのだろう。昭を校舎の裏手に設置されている自動販売機前まで誘い、まずは他の生徒たちの目から逃れることを選択した。

 その上で昭に何か飲むか? と尋ねてくる。


「それじゃ……ああ、ろくなの無いなここ。そのコーヒーでいいや」

「わかった」


 と言いながら、六十苅は同じボタンを二回押した。彼も何でもよかったらしい。


 この二人はすでに喧嘩を済ませており、圧倒的な強さで昭の勝利に終わっている。元々、昭の強さが尋常では無いので、それでも六十苅は十分善戦したと言えるだろう。


 誰よりもまず、昭がそう判断しているので喧嘩以降、二人の間には友情とは言えないが確かに繋がりが存在した。

 ただ相手がもっぱら本業相手になっているので、学生同士のケンカからは昭は


 下手に混ぜると怪我どころか死人が出かねない。

 そういう状態であったので、六十苅も昭に対して迂闊に声を掛けることは避けていた。つまり今は何かしらの異常が起こっているという事になる。


「で?」


 そういう事情は改めて確認するまでも無いだろう、という事で缶コーヒーに口をつけながら昭が促す。

 それを受けた六十苅も躊躇なく始めた。


「南に『亞羅刃罵アラハバ』ってチームがある」

「ああ……聞いたことはあるな」


 何しろ喧嘩に明け暮れていれば、あがっている立場であっても聞こえてくる単語もまた偏ってくるものだ。

 昭は何となく、夜の繁華街を思い浮かべていた。


「賊……ではないよな。喧嘩チームか」

「そうだな。適当につるんでいるだけだったんだが……最近新顔が増えたようでな」

「それが厄介だと? それ俺は関係ないな」


 六十苅が名前を挙げるという事は「亞羅刃罵」というチームは予備軍であっても、所謂本業では無いのだろう。そうなると昭が乗り出すのは二人の認識では「お門違い」という事になる。


 だが、六十苅はそういった昭の返事を想定していたのだろう。

 すぐさまそれに反論した。


「ああ、普通ならな。しかしその新顔が七のを気にしてるととなると話が違ってくる」

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