情報は絶望を齎す

 それは「怠惰」と呼ばれる動きであったのか――?


 サヒフォンが齎した、あまりにも貴重すぎる情報がしげるの元に持たされたのは、サヒフォンが帰った次の日であった。


 それは物理的な問題――こちらの地球の物理的な問題――を考えると、すぐさま情報をしげるの元に届けることは可能だった。

 しかし南は熟考の末、翌朝まで回すことにする。


 理由としては「サヒフォン降下」について、既に知れ渡っているのか? という部分を確認したかったことがある。

 車が田んぼに落ちた時、南はアレコレと指示を出していたわけだが、その指示の中には各国は気付いているのか、否か? ――の確認があった。


 その結果は「勘づいていません」という回答が最も蓋然性が高い、という判断になった。

 で、あるならここでバタバタとした動きを見せてしまうと藪蛇になる危険性が高い。


 それなら昭の訓練に付き合って、富士演習場の格納庫に向かった方が自然であると南は考えたわけだ。

 そして、それすらも「わざわざすぎる」と疑う向きに関しては、昨日しげると連絡がつかなかったことが良い目くらましになった。


 昨日、しげるは各国の「コンキリエ」攻撃について知らされたために、半ばパニック状態。

 何しろ抜本からセントーAの強化案については考え直さなくてはいけなくなったのだから。そのために南からの連絡にも対応できなかったというわけである。


 南が改めて伝えなくとも、しげるにその情報が行き渡っていたのは「良いこと」の範疇ではあるのだろう。

 しかし、サヒフォンの情報は……。


「……これ、君は他に漏れていると考えているのか?」

「今のところ大丈夫かと。データはこれしかありません。ネットで送るのも電話で伝えるのも危険ですから」


 格納庫の隅で、ICレコーダーに収められていたサヒフォンの声を聞いたしげるの顔色は優れない。

 特にしげるが深刻になったのは、言うまでもなくサヒフォンが核ミサイルを攻撃だと全く認識してない部分だった。


 その声音から考えると、恐らく物理で殴る系の兵器は意味を為さない、と考えられるからだ。

 その可能性については、各国の攻撃失敗の情報からも窺えたのだが、これでとどめを刺されたようなものだ。


 南も、一報が齎せれた時、すぐにその可能性に気付いていたのだろう。


 だから昨日、問題の異星人に確認できるチャンスと考え、息のかかった弁護士事務所からICレコーダーを徴収して、サヒフォンの声を録音しようと考えたのはファインプレーとも言える。


 ただサヒフォンの話が衝撃的過ぎて、インタビューの間はそれを南自身が忘れてしまっていたことは、果たして吉と出るのか凶と出るのか。


「その少年――録音に気付いていたと思うか?」

「わかりません」


 しげるの危惧はもっともだと思いながら、南としては首を横に振るしかなかった。


「技術力に差がありすぎますから、気付いてない方がおかしい気もしますが、気付いたところでそれを気にしなかった、と考えるとそれが自然なようにも感じます」


 それが昨晩、サヒフォンと向かい合った南の感触であった。

 しげるもそれを妥当なものだと認めるしかない。


 技術力の差。

 そしてサヒフォンの態度。


 それらを考え併せれば、出てくる答えは「絶望」しかないように思える。

 そのため、そこで思考は止まりそうになるのだが――


「……思いつく攻撃は、それが核でも通用しないと考えるべきだとは思うんですが――」


 南が、何かに逆らうようにして言葉を継いだ。


「――セントーAの攻撃当たってましたよね」

「そう。それもまた確実だな」


 緒戦――あれは恐らく緒戦なのであろう――セントーAの攻撃は当たっていた。

 攻撃が無効化されてはいなかったことは、南も自分の目で確認している。


 ここで矛盾が発生するのだが、サヒフォンの技術が齎す、慣性制御に関してはセントーAに通用していない。そう考えれば、一応矛盾は発生しなくなる。


 さらにしげるは、そこから推論を進めていた。


「慣性制御ではなく、慣性に関しては減衰方面にしか使えない可能性がある」

「どういうことですか?」

「慣性は君が言ったように『止まっているものは、止まり続けようとする』という性質もあるんだ。もしこれも制御できるなら静止状態からいきなり音速マッハ、いや光速のパンチを繰り出せることになる」


 そう言われて、南は「確かにそうだ」と頷きを返した。

 しげるはそれを見て、説明を続ける。


「そもそも光速という縛りに囚われている段階でおかしい可能性もある。それに慣性についても考え方が違う可能性もある。セントーAはその辺りを知っているのではないかな? ただそれを確認しようにも――」

「説明するために必要な言葉が可能性は高いですね。こういうのも語彙が少ないと言ってもいいのかどうか……」


 南は言葉を濁す。

 探るべき言葉の見当もつかない事。そして言葉を発見し、セントーAに確認が取れるようになったとしても、それを有効に活用するまでのハードルも高い。


 何しろ理屈が理解できたとしても、それを実際の装置として作ることが出来るのか否か。現段階ではかなり難しいと言わざるを得ない。


 それが南を塞ぎこませる理由である。

 しげるはそれを断ち切るように、こう告げた。


「確かに難しいところではあるな。だが、それは勝ってからの話になるだろう。まずは勝たなければ」

「――いつになりました?」

「五日後だ」

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