再戦への決意
そこからのサヒフォンの話をまとめてみると――
「汎宇宙公明正大共存法」が施行されるのは随分久しぶりであること。そして、それをちゃんと執り行うために共同体の間で慎重に行おうという話になった。
そこでロボット操縦者として、適性のある者を選抜した結果、サヒフォンが選ばれた、という事らしい。
「……それはマジなのか?」
昭が思わずそう確認するが、サヒフォンも詳しいところはわかっていないらしい。いや、その辺りはサヒフォンの星でもそれぐらいの認識だったようだ。
「僕も言われたからここまで来た、ぐらいしか知りません。もしかしたら、何か間違っているかもしれませんけど、それはわからないので……」
「それもそうか。俺だってよくわかってないもんな」
ここでも顕わになった解釈違い問題。
だが、今のところ問題は発生していない――いや、サヒフォンの事情がそうであるなら「侵略」の意志を主体的に示しているのは何なのだ? という問題は発生している。
ただしそれを一旦置いておくと「汎宇宙公明正大共存法」の運営については問題は発生していないという事になるのだろう。……恐らく。
何ともつかみどころのない話になったが、南がどうにかこうにか肝心な部分を抜き出した。
「――仮にサヒフォンくんが勝った場合、うちの地球はどうなるの」
「地球……ええと……まとめてしまうと僕の星の預かりになりますね」
「でも、それは面倒なのよね。サヒフォンくんだけじゃなくて、サヒフォンくんの星の人も」
「それはそうですけど、そういう決まりなので……」
「サヒフォンくんは帰っても良いんじゃない? 無理することないよ」
篁が割り込んできた。そしてその主張は全く正しい主張に思える。
サヒフォンはきょとんとした表情を浮かべ、篁を見上げた。それを受けて篁は続ける。
「面倒なんでしょ。帰ってくれれば、こっちも助かるし。ウィンウィンだよ」
「おい、ちょっと待て!」
今度は昭が割り込んできた。
「俺とサヒフォンは喧嘩の真っ最中なんだよ! このままで終わらせられるか! ……そういう話してるんだよな?」
と、微妙に理解が追い付いていない昭が吠える。
それで勢いが減じたことで、南が話を元に戻すきっかけを手に入れた。
「いや、話はそういうレベルじゃなくて、帰ってくれれば地球の――こっちの地球の危機は去るのよ。優先順位が……」
「いえ、去らないと思います」
サヒフォンがそんな南を遮った。
そして、
「それにウィンウィンにもならないと思います」
と、篁の言葉にも反論した。
“思います”という言葉で切られてはいるが、それはニュアンス的に断言の響きがあった。それだけに篁も南も沈黙してしまう。
「昭さんだけが正しい。やっぱりそうなんですよね。そういう事なんですよ」
再び会話に齟齬が発生している。
こんな齟齬が発生するときは――何かしらの「常識」が違っている時。「宇宙」と「地球」との。
それだけは何とか察することが出来た南ではあるが、そこから次の手が思いつかない。サヒフォンに帰ってもらうのが一番良いとは思うのだが……。
そんな弛緩した空気に喝を入れるように、サヒフォンが姿勢正しく胸を張った。
「――僕に帰って欲しいとするなら、勝てばいいんですよ。それだけの話です」
「そ、それは……」
「ようし、よく言った! そうだ! 喧嘩の決着をつければいい! 当然、俺の勝ちでな!!」
サヒフォンの挑発めいた発言に、昭が気を吐いた。
正しい対応と言うべきか、「褒めてどうする?」と突っ込むべきか。だが、この異常ともいえる昭の姿こそが――
「その通りです。決着をつけなければなりません。もちろん勝つのは僕ですけどね」
――サヒフォンにとっては正しく感じられるようだ。
それがいったい、どういう基準であるのか。それがさっぱりわからない南は、この事態を唖然として見送るしかない。
そんな南を置き去りにして、昭とサヒフォンは意気揚々と言葉を交わし合っていた。肩を組み合ってないことが不思議な程、仲良さげに。
それを見て、篁もやれやれと言わんばかりに肩をすくめて、それ以上サヒフォンに帰るように、と勧めたりはしなかった。
「……しかしこれから喧嘩するってのに、これはおかしい気がするな」
ようやくのことで、昭がこの状況に不思議を感じてくれたようだ。
「確かにそうですね。僕も長居し過ぎました。そろそろ帰ります」
この辺りの常識は「宇宙」でも同じらしい。
そこは安心すべきなのかもしれないが……。
「ラーメン、もういいのか?」
「戦い終わったら、改めていただきます。なにせ僕が勝つので」
「言ったな! じゃあ俺も蕎麦でも要求しておくか……」
途端に、台無しの近似値に近付く昭とサヒフォン。
ただ確実なのは、これで再戦に向けての覚悟は決まったという事だ。つまりもう戦いを回避することは出来ないという事――
そしてサヒフォンは帰っていった。
「路傍文化」に接する狭い道から、空に向かって吸い込まれてゆくように。
――静かに、そしてあっという間に。
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