義務的な侵略

「あ……そうね。それは確認すべきことだったわ」


 と、真っ先に篁の問いかけの重要性に気付いたのは南だった。

 そしてそれは「教養」を弁えたものなら、当然行き当たるべき疑問でもある。


 古来、やたらめったら狙われる地球ではあるのだが、それを侵略者側の視点で思い起こしてみると「自分の星が滅びる」から移住するために他の星を侵略する、という風に理由付けされていることが多い。


 具体的には「母星がブラックホールに呑まれる」なんて作品もある。


 サヒフォンもそういった事情を抱えて侵略しに来たと思われていたが、それが「面倒くさい」では、どうやら想像していた理由からはかけ離れているようだ。


 昭が篁の問いかけに苦虫を潰したような表情になっているのは、それに気付かなかったことを悔やんでいるのではなく、すぐさまその疑問が具体的に想像できてしまうインプリティング具合だ。


 思い返せば、昭と篁はその手の「教養」作品を、幼い頃から無自覚に摂取していたわけで、しげるの悪影響は被害甚大である。


 そして、三人が返答を待つ態勢になる中で、サヒフォンは篁から「あずきバー」を受け取り、


「――武器ですか?」


 と、青い肌をより青ざめさせて「あずきバー」に対して臨戦態勢になっていた。

 「あずきバー」を宙に浮かせ、指先からバチバチと放電。今にも「Fight!」の掛け声が響きそうな雰囲気。


「違う違う」


 と、この状況でも篁はあっけらかんと、食べかけの「あずきバー」を見せて、食べ物であることをサヒフォンに伝えていた。


「え? 危険なのでは? ちょっと待ってください……確かに食用素材で出来ているようですが――」


 サヒフォンはさらに調査を進め、宇宙に浮いた「あずきバー」に熱を加え、咀嚼するのに適した温度まで「あずきバー」を導く。

 そうと気付いた篁が、ここ一番驚きの声を上げた。


「え? それ良いなぁ。貸してよ」

「いや、それは……難しいですね」

「――それはいいから、お前の星の話を聞かせろっつってんだーー!!」


 ようやくのことで昭が突っ込む。

 かたや南は、


(「あずきバー」が異星人を本気させるほどの力があって、それを凄い科学力で適温にまで温め、それは伝えてはいけない技術力?)


 と呟くだけになってしまっていた。


「僕の星と言われても、そうですね。長閑な良い地方です。他の地方は知りませんけど」


 ようやくのことで、「あずきバー」を齧りながらサヒフォンが答える。

 それにつんのめったような表情を浮かべた昭は、


「地方って……そうだ。お前の星は何て名前なんだ?」

「地球ですよ」

「それはこの星だろ? お前が来た、この星が地球」

「それはわかりますよ。けど自分の星に特別な名前を付けるような星は……多分、無いんじゃないかなぁ? 開拓すればまた違ってくるんでしょうけど」


 サヒフォンにそう指摘されると、三人とも「それはそうか」と納得せざるを得ない。確かに「何とか星人」というのは、考えてみればおかしな話であると。 


「うんじゃ、お前は自分の星の……なんだっけ?」

「長閑だよ。落ち着いていて優しい雰囲気」

「そうそう。その長閑な地方――って、それ宇宙ではどう呼ばれるんだ?」


 何とか理解を深めようと、篁のフォローを受けながら昭がさらに尋ねる。


「ええとですね……アリゾネですね。近い発音なら。そのままですよ。それで同じ響きの地方、結構ありますけど文脈で大体わかりますし」

「そうか……そういうものかもなぁ」

「確かに日本だけでもっていう響きの地名結構あるけど、あんまり混乱しないわね」


 ようやくのことで、南が会話に復帰してきた。

 そこで改めて仕切り直し、というわけでは無いだろうが篁がもう一度尋ねる。事情が見えてきたのか、多少は細かく。


「で、サヒフォンくんがこっちに行くことになった、って事になって、何か言われたの? 別に侵略頑張れって言われたわけじゃないんだよね?」

「頑張れとは言われましたよ。名目上は侵略という事になりますけど、何と言うかそういう当番なんですよね。だからお仕事頑張れ、みたいな」


 相変わらず、どうにも会話が成立しない。

 そこで南は、余計なことは考えずに、頭に浮かんだ疑問をそのままぶつけることにした。諦めた、とか、自棄になった、に近しいものがある。


「――サヒフォンくんは何歳なの? ああ、ごめん地球換算が出来るなら……こっちの地球でよ? それで教えて欲しい。で、その年齢でもう働いても良いのかってところも疑問なんだけど」


 考えることを放棄したことが如実に表れている混乱具合ではあったが、それでも聞きたいことはわかる。

 サヒフォンも小さく頷くと、


「多分、十歳ぐらいですね。働くならもっと小さい時から働いている者もいますよ。それは各々の判断になりますから。ただ僕はそんなに働きたくはなかったんですけど、選ばれてしまったので仕方なく」

「選ばれた?」


 南がすかさず確認する。


「そうですよ。『汎宇宙公明正大共存法』が施行されることになったから、それを運営するスタッフ募集されたんです。――う~ん、これではちゃんと伝わらないなぁ。でもこれ以上は説明できないんですよ。すいません」


 どうやらサヒフォンもまた不自由な境遇にあるらしい。

 それがわかっただけでも、良しとすべきなのか……。

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