見当のつく天井
昭は目を覚ました。つまり、直前までは眠っていたという事だ。
当たり前に、昭が一番最初に目にしたものは天井という事になる。
「ここは何処だ? 何日経った?」
すぐさま半身を起こした昭。意識はかなりしっかりしているようだ。傍に誰かがいるだろうとすぐさま判断出来たのも、自分がどういう形で知らない場所で眠らされる理由にすぐに思い至ったからである。
どうやら、まだ戦っている最中のような精神状態のようだ。
「ここは本家です。本家の離れですね」
昭の推測通り、昭の傍には確かに人がいた。グレーのスーツ姿で、一見サラリーマンに見えなくもないが身に纏った雰囲気はどう考えても堅気ではない。
右眉あたりにうっすらと傷痕が浮かんでいる。
「あ~~っと、確か南の世話役の……」
「舎弟頭の堂本です。七津角のアニキには何度か殴られました」
「そうそう。なかなか骨がある奴がいるな、とは思ってたんだよ。何回か顔を見たしな。根性はある」
昭に何度も殴られるということは、何度も昭に挑戦してきたという事だ。それだけでも「大したものだ」という評価になるのだろう。
「それで何日経った?」
「三日です。流石ですね。医者の見立ててでは一週間はかかるという話でしたが」
言われて辺りを見回すと、バイタルを確認できる機器や点滴を行える準備もされている。いや実際に点滴は行われていたのだろう。昭の左腕にガーゼが貼られている。
昭はそれを確認し、
「蕎麦が喰いたい」
「わかっております。準備だけはしておりますので、茹で時間だけ、ご容赦願いたい。温かいので良いですか?」
「いや、蕎麦だけで腹を満たしてぇ。ざるで頼む」
「承知しました」
堂本はそのまま退出し、その間に昭もベッドから抜け出して、用意されていたと思われる服に着替えた。濃紺のパーカーにチノパンである。
すると堂本はお盆にざるそば一式を乗せて戻って来た。
「早いな」
「追加は用意してあります。とりあえずは五つ」
「多分それじゃすまないと思うが……まずはいただこう」
昭の腹の虫が鳴いた。何よりも優先されるのは、確かに腹を満たすことであることは間違いない。そうやって蕎麦を啜っている間に昭と堂本の間で会話が行われる。
「このそばつゆ……『三櫂』だな」
「そうです。今回無理を聞いてもらいましたんで、注文させてもらいました」
文化祭に協力してくれたことを言っているのだろう。そうと察した昭ではあるが、蕎麦を啜りながら首を傾げる。
「それは逆に迷惑かけることになってねぇか? これ素人が茹でた感じじゃねぇ」
「ウチの若いモンに蕎麦屋で修行したのがいましてね。何とか恰好はつくんじゃないかと」
「なるほどな。してみると温かいのも試したくなるな。ま、しばらくはざるでいいけど」
職人込みでずっと
昭はそれを嫌がったわけだが、堂本はそこも考えていたわけだ。となると温かいそばについても、しっかり出汁を引き、用意していたことが窺えるという事になる。
そこで昭は「温かい蕎麦」も試してみたくなった、というわけだ。今まで、会話らしい会話が無かった間柄であったが、二人の相性は良いらしい。
昭もそれを感じたのだろう。腹が満たされていくことで気分もよくなってゆき、最終的に鴨南蛮を啜るまでになっていた。
お腹の方はこれで人心地ついた昭は、蕎麦を啜りながらようやく現状の説明を要求する。何しろ三日経ってること以外はさっぱりわからない。
とりあえず出席日数を心配する必要は無いようだが……
「わかりました。ですがアニキはどこまで覚えておられるんで?」
ちなみに言うまでもないことだが堂本と昭は兄弟杯を交わしたわけでは無い。年齢も堂本の方が倍以上、昭よりも年嵩なのだが侠客としては「地球を守る」ために戦っている昭は兄貴分という解釈になっているのだろう。
昭はその辺りは全く考えていない。考えていないからこそ堂本の問いかけにも素直に応じた。
「ムラシンガーに勝った、と思ったところから先の記憶がねぇ。多分、セントーAの中で眠っちまったと思うんだが……」
「ああ、そういう感じでしたか……まずは勝利おめでとうございます」
「あ、そうか。そこもはっきりとはしてなかったな」
「ええ。ではアニキは例の光が――」
言いながら堂本は額の前で何かを伸ばすようなジェスチャーをしてみせる。それで昭もすぐに運営から贈られる光の事を思い出すことが出来た。小さく頷く。
「――今度も降りてきましてですね。今はセントーAの額にこれもんです」
と言いながら堂本は額の前でV字型を作ってみせる。これだけを切り取って見ると。怒り眉のジェスチャーをしているようだ。
もちろん昭はそのジェスチャーの意味を正確に把握する。
「マジか……それ何だかイヤだな」
「お察しします」
「ま、それで勝ったって事になるなら何でもいいか。それで……ええと、何から聞けば良いんだ?」
「私もわからない部分は多々ありますから。しっかりとアニキにお答えできるかは残念ながら。お
「そう言えば、今何時だ?」
「十時といったぐらいですかね。午前の」
それを聞いて昭が難しい顔をした。するとそれに合わせたように、ノックの音が響いた。堂本がそれに応じると、取次の若いのがこう告げる。
「そ、それが例の青い肌の子供がですね……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます