ボロ雑巾のように捨ててやる
指揮所の心配をよそに、セントーAは軽快にムラシンガーへと迫る。ムラシンガーも身体を引きずるようにして立ち上がった。だがセントーAはを迎え撃つような態勢では無い。
単純に逃げるつもりなのだろう。
しかし敏捷性については、元からセントーAの方が上回っている。セントーAは一瞬遅れたムラシンガーの左手首を、易々と「右手」でギュッと握り締めた。
今までのセントーAでは不可能な行為だ。何しろ「手」が無かったのだから。
しかも新たなる「手」は力も器用さも十分な能力があるらしく、ムラシンガーは今までのように軟性を生かしての脱出も出来ない。
――だが、そこまでだった。
誰かが、いや誰もが予想した通り、それ以上の決め手をセントーAは持ち合わせてはいない。「手」があっても掴むべき武器も準備されてはいない。
ムラシンガーもその点では同じだろう。ムラシンガーにも決め手はない。さらに今では攻撃する意志さえ喪失していると言ってもいい。
「これは再試合ですね。今度こそ確実に勝てます。幸い、状況が大きく変わりました」
「そうだな。手があるならば――」
プラカスとしげるが諦めの感情を滲ませながら、それでも見通しが明るくなったことを喜ぶ。
そしてそれは指揮所の共通した感情になっていったのだが……
「ぬぅぅぅぅぅぅ……」
昭だけは決着を望んでいた。上がり切ったテンションを下げる方法を思い付かなかっただけかもしれない。地を這うような呻き声を漏らす。
ムラシンガーはそれを昭の悪あがきと考えたのだろう。
十分に疲弊した状態であるのに、ムラシンは嗤いながら憎まれ口を叩く。
「放しなよ! あたしもあんたもこれ以上は――」
ムラシンの言葉がそこで止まった。この段階ではムラシン以外は異変に気付いてはいない。指揮所では昭を休ませることが出来るように準備を行い始めていたほどだ。
「あれは……昭は何をしてるの?」
手持無沙汰状態だった篁がムラシンガーの変化に気付いた。
そう。明らかに変化しているのはセントーAではなくてムラシンガーの方だった。
セントーAに掴まれた左手首が震えている。やがてその震えは左腕全体に。続けてムラシンガー全身に。
その頃には変化はそういった見かけだけでは無い。耳――聴覚も変化を捉え始めていた。
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!
耳を劈く轟音だった。感電を思わせる危険な響き。そこにさらにムラシンの悲鳴が重なる。
「うぎゃあああああああああ!!!」
それでも変化は留まらない。今度はムラシンガーの全身が光り始めていた。
いや発光現象はムラシンガーだけでは無く、セントーAもまた光っている。ムラシンガーと違い、ただ光るだけでダメージを受けている様子はないようだが。
しかし「異常」な状態であることは間違いないだろう。セントーAに発光するような機能は確認されていないのだから。
「恐らく、攻撃しているのでしょう……」
「そ、そうだな。相手は苦しんでいるように見えるし」
「では『手』にそういう機能があったのでは?」
「なるほど! それならある程度は説明できる」
「身体が光るのも?」
「ですからある程度は、と……」
「攻撃しているとして具体的には?」
「感電しているような状態なのでは?」
セントーAの「異常」さから逃れるように、指揮所の中では誰もが好き勝手に話し始めていた。一種のブレインストーミングのような状況だが、それほど建設的ではない。
そしてこの指揮所でも「異常」が発生していた。
しげるが沈黙していたのである。熱心にモニターを見上げるだけで。
モニターにはしつこく攻撃――攻撃としておく――を繰り返すセントーAの姿が映されていた。
そのたびにムラシンガーは「げひゃっ!」「あががががが」と悲鳴を上げ、最終的には――
「……あれではロ――では無くボロ雑巾だな」
しげるはそんな感想を漏らした。
「そ、そうですね。もうムラシンガーはロボットのようには見えません。ただの燃えカスです」
南がそれに同意する。もっと強烈な言葉と共に。
そしてその言葉が合図だったかのように、
赤いツナギはボロボロで、黒髪も乱れまくっており、到底無事なようには見えないが、一応人型は保たれているらしい。
ただこれ以上戦うのは無理なように見え、またそれは宇宙的にも同意見になったのだろう。
「音」が響く。全地球に。
勝敗は決したようだ。無論セントーAの勝利で。「汎宇宙公明正大共存法」の運営がそのように判断したらしい。
やがて朱に傾き始めた空から、一条の光が降りてくる。
その光はサヒフォン戦の時と同じように、セントーAの額で輝き始めた。
額で光っていた光の位置も重ねて変化し、二つの光はV字型に再配置されている。それは二勝目を獲得した証明でもあるのだろう。
「ミスター昭――ああ、そうでした。こちらの声は聞こえませんね」
何しろ後付けの通信機器は何もかもなくなっている。「何故そんなことになったのか?」まで含めて昭には聞きたいことがごまんとあるわけだが――
「……昭おかしくない? というかロボットもおかしいんだけど」
篁が呟く。それで皆が気付いた。こちらから声は送れなくとも、昭の声は聞こえるはずだと。つまり昭は――静かすぎる。
「至急救護を! 準備は出来ていたはずです!」
「りょ、了解です! 直ちに――
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