秒速5センチメートルでは無い「桜」

 この戦いにおいてしばしば訪れた二体のロボットが向き合う形。膝立ての姿勢であることにも共通点を見出せるかもしれない。

 もちろん全てが同じ条件ではない。


 セントーAもムラシンガーも満身創痍といった雰囲気を漂わせている。

 あくまで雰囲気だ。それぞれのボディには目立った傷はついていない。


 「見た目」にこだわるなら表情が見えるムラシンガーの方がわかりやすいといえるだろう。ムラシンは確かに疲弊していた。デッドヒートから公園での殴り合い、さらにはロボット戦での攻防。とどめは海底から上空に打ち上げられ、そこからの落下である。


 指揮所の面々は想像も出来ていなかったが、その合間に溶岩に突入するという無茶苦茶も行われているのだ。これではいかな異星人でもたまったものではない。


 ――そして、その条件は昭も同じという事だ。


「これは……これ以上の戦闘継続はお互いに不可能でしょう。運営は何をしているんです?」


 プラカスがサヒフォンに尋ねる。

 戦闘終了の「音」を鳴らせるのは「汎宇宙公明正大共存法」の運営だけだろうと考えるしかない現状では、サヒフォンは確かに運営に近い地位にあるように思えたからだ。


 しかしサヒフォンの顔に浮かんでる感情もまた戸惑いだった。


「わ……わかりません。僕もこれ以上は無いと考えられます。そもそもこういった状態は誰も望んではいないはず」

「昭は戦う気十分みたいだけど?」


 篁がそう尋ねると、それにはきっぱりと首を横に振るサヒフォン。


「パイロットの意志の優先度はそこまで高くないはずです。死ぬまで戦うのでは法の存在意義が問われます。この状況で戦闘継続と判断されるとすれば――」


 サヒフォンの思考が幾分かは建設的な方向に向けられた。二人からの質問が呼び水になったのだろう。

 そして口を開きかけたその時――


「待って下さい! 再び演習場こちらに向かって落下する物体あり、とのことです!」 


 職員の叫びが割り込んできた。

 しかしそれはサヒフォンが言いかけた言葉を邪魔することは無く、逆にサヒフォンの推測を後押しするような報告だったのである。


「……そう。未だ戦闘は継続中だと判断するに足る何かが起こる。執行者たちがそう考えるなら――」


 「音」は鳴らさない。

 それほどに重要な変化がこれから訪れるというのか。そしてそれは落下物が齎す変化なのか。


 上空を捉えたカメラの映像がモニターに映し出される。何も映ってない――いや確かに何かが映っている。

 ロボットのような巨大なものではない。


 もっと小さく、そして繊細なそれは……


「桜……なのか……?」


 しげるがモニターを見上げながら、呆然と呟いていた。


               ~・~


 上空から舞い落ちてくるモノは五つの花弁がある――ように見えた。色彩もやはりはっきりしないが薄桃色であるように見える。

 だからソレが桜の花びらに見えたのは、日本人ならごく自然な連想であるのかもしれない。


 やがてそのモノが当たり前に近づいてくる。空気抵抗を受けながら変則的な動きで――いや、何もかもを空気抵抗のせいにしてもいいのか?


 何しろ近付いてくるソレは……


「……て? 手、だ!!」


 しげるが叫んだ。

 そう。舞い落ちてくるモノは確かに「手」だった。それも片方だけでは無い。二つの「手」が。指を目一杯広げて。まるで桜の花びらのように。


 しかしその「手」は花びらの“よう”であるだけで、花びらでは無い。その行きつく先が予想通りとするなら、決して「花びら」のような華奢なモノではないはずなのだ。


 それなのに「手」はやはり優雅に舞い落ちてくる。幻想的に。地球の物理法則を無視しながら。


 ムラシンもまた、無言で舞い落ちてくる「手」を見つめ続けていた。それは指揮所の面々も同じこと。ただただ「手」の舞踊ダンスを見上げ続けている。


 グィン……


 セントーAがゆっくりと背を伸ばした。そのまま左腕を空へと伸ばす。すると舞い落ちてきていた「手」が、やはり舞いながらセントーAの左手首の先に「着地」した。


 そしてもう一つの右手は――


「待ってたぜ!」


 昭が叫ぶ。それと同時に右腕を真横にふるった。セントーAの前に舞い落ちてきていた右手はそれで無事回収。

 セントーAもその右腕の動きに合わせるように、足を開きいつもの躍動感あふれる態勢に姿勢を変えている。


 左手を腰だめに構え。右手を前に突き出している。見ればそれぞれの手が薄桃色では無く、真紅に燃え上がっていた。


「これがセントーAの完成形……」


 その姿を見てサヒフォンがポツリと呟く。傍らの篁がそれを聞いて、愉快そうな笑みを浮かべていた。


「そ、そうだわ。これでセントーAのパーツは全部揃ったって事なんですよね? 揃ったというか、もう組み上がってるんだけど」


 サヒフォンの呟きに誘われる形となって、南が現状を整理してみせた。そこで全員が改めてモニターの中のセントーAを見つめる。


 セントーAは確かに完成している。欠けた部分もない。


 しかし――言ってしまえば、今までのセントーAが手を取り戻しただけ。

 どこから「手」がやって来たのか等、疑問点は他にも山ほどあるが「手」があるからと言って、この戦いが好転するかと言われれば……


 その疑問に対する答えが出てこない。

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