それでも、振り出しに戻る
南の叫びの通り、確かにあれはセントーAだった。どんどんと近付いてくる姿を見る限り、どこにも破損した箇所があるようには見えない。
そしてムラシンガーの背中に馬乗りしているようだった。
いや単に乗っているだけでは無い。空中で一方的にムラシンガーを殴り続けている。後頭部、背中ぐらいしか殴る場所は無いのだが、それでも執拗に殴り続けていた。
「昭ね」
篁が短く断定した。
セントーAの振る舞いを見て、それ以外の可能性はすべて消え去ったと判断したのだ。つまり昭もまたセントーAと同じく健在であると。
セントーAは一方的な暴力を振るい続けていた。近付いて来るにつれてムラシンガーの表情も窺えるようになってきたのだが、その表情は「被害者」以外には見えない。
「……もしかしてミスター昭は上空からずっと殴り続けていたんでしょうか? それで二体は斜めに落下して――」
プラカスが白衣のポケットを探りながら、ぼそりと呟く。
いかなプラカスでも平静を保てなくなっていた。
指揮所の職員たちも同じだ。セントーAの健在ぶり。それどころか一方的に暴力を振るい続ける悪辣さ。しかしながらこれで勝てるのでは? という希望。
つい先ほどまでは海の底に消えたと思われていたのに、今は遥か上空から勝利と共に落下しつつある。状況も心理も乱高下し過ぎだ。
「落下予測地点は?」
そんな雰囲気の中で、しげるが有意義な指示を出した。
「あ、あ……は、はい! ここです! 富士演習場に落下予測……落下?」
職員が自らの報告に疑問を抱いた。斜めに滑り落ちてくるような動きを見せる二体を表すのに「落下」という表現が正しいのかどうか。
その間にも二体は演習場に近付いてくる。
モニターの映像も、演習場に設置されたカメラに切り替わっていた。
だがそれも遅い。今では肉眼で見た方が早い。
斜めに落ちてきた二体は、そのまま演習場に不時着――そう。「不時着」が最も近い動きだ――する。
セントーAだけは途中で態勢を変えていたのだろう。馬乗りはやめて、ムラシンガーの背中に立っている。ムラシンガーのボディでサーフィンしているような状態だ。
さらにセントーAの悪逆非道さが増してしまっている。
ズガッ!!! ズガガガガガ!! ガンガン!! ズギャギャギャギャギャ……ガガガガガガ、ガンガンガン!!
ムラシンガーのボディが接地した。連続する破壊音。それがいつまでもいつまでも連鎖してゆく。
「慣性制御を喪失している?」
「あるいは、中和できる限界を突破したのかもしれん」
破滅音の中で、プラカスとしげるが短く推測を交える。
確かに慣性制御が出来るならば「不時着」なんて状態になるわけがない。
だがムラシンガーが慣性制御出来ないとするなら、セントーAの悪辣な振る舞いにも理由があったことに思い至る。
セントーAは慣性制御できない。さらに、ムラシンガーも不可能。そういう条件下でセントーAが出来るだけ安全に着地するとするなら、一連の行動に納得できる理由が見えてくる。
最適解では無いとしても、勝ちを掴む――つまりセントーAが壊れないためには、何を差し置いても、ムラシンガーを犠牲にするしかない。
その上で今もセントーAは「工夫」を続けていた。
ムラシンガーの背に乗ったままで体重移動を駆使し、ただただ直進するだけだった動きをカーブさせているのだ。
このまま行けば、演習場を飛び出して周囲に破壊を振りまくことになる。セントーAは――昭はそれを防ごうとしているのである。
ガガガガガガッ! ガン!! ズビャギャッビャギャギャ……
演習場に深く爪痕を残し、それが大きな弧を描いてゆく。それでも何とか被害は演習場内で収まるようだ。
破壊音の余韻が残る中、皆がホッと胸を撫でおろす――
「こなくそ!!」
昭の声が響いた。
見ればセントーAは改めてムラシンガーに覆いかぶさっている。いや覆いかぶさるだけでは無く、ムラシンガーの背後から首を狙って締め技を繰り出していた。
その様子を見て南が呆然と呟く。
「勝って……ないって言うの?」
超々高度からの事実上の落下。さらにはセントーAからの攻撃を一方的に食らい続け、最後には不時着によるダメージ加算だ。
これで倒せなければ、一体どうすれば勝てるというのか。
「……やはりあの軟体性がダメージを軽減してしまうのでしょう。ダメージが全く無いとは考えられませんが――ここで倒しきれなければ恐らく……」
「運営が止めるだろうな。あの不時着が地球に影響を与えていないはずがない」
プラカスの絶望的な推測に、抗う理論を構築できないしげる。
昭も同じ危機感を持っていたのだろう。だからこそ必死になってムラシンガーにとどめを刺そうとする。
恐らくはムラシンガーの首を絞めたうえでキャメル・クラッチを極め、ボディを真っ二つにする方針に思えた。
しかしムラシンガーの軟体性は未だに健在であった。
いやそれに加えて、なりふり構っていられなくなったのだろう。人の身体を保つことすら投げ出して、頭部を変形させてセントーAの締め技から逃れる。
そのためにセントーAの力のベクトルが乱れ、ムラシンガーはそれを利用して、ついには馬乗り状態からの離脱も成功させた。
戦局は二体のロボが向き合う形に――つまり、振り出しに戻ったのである。
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