引っ越し志望

「本家って、こっちの方にあったのか」


 と、車窓を眺めながら昭が口にする。お馴染みの黒の高級車で「路傍文化」まで送られている最中だ。横にはサヒフォンが座っている。


「知らなかったんですか?」


 さほど興味があるとも窺えない口調でサヒフォンが応じた。何より車に乗っている段階でイレギュラーではある。


「今、線路跨いだから西の方だなってのはわかるけど、西の方って澄ました家ばっかりでな。縁がねぇ」

「それは……つまり経済的に余裕があるという意味ですか?」

「難しい言い方覚えたな。そうだよ、つまり金持ちばっかりってこった」

「……昭さんも十分に――やめました」


 サヒフォンが矢立組の本家に現れたのは篁に請われたからだ。篁が学校にいる間に「昭目覚める」の報せが入り、そこから昌子に報せると「迎えに行きなさい」と指令を受けることになったわけだ。


 そんな面倒なことはしたくない、と母親の指令に抗う方法を考えた篁はサヒフォンに連絡したという次第だ。異星人はとかく、地球上では暇であることは間違いない。

 請われるままに顔を出したサヒフォンもサヒフォンであるが、昭に尋ねておきたいこともあったのだろう。


 以上のような経緯で「現状」が出来上がっている、というわけだ。そしてサヒフォンが尋ねたいこととは――


「昭さん、最初から『手』のありかがわかっていたのでは?」


 という部分だった。

 サヒフォンに「聞きたいことがある」と言われて、それなりに心構えをしていた昭だったが、その問い掛けには拍子抜けした。


 元々、駆け引きなどとは無縁な昭であるが、さらに明け透けに本当のところをサヒフォンに伝える。


「いいや。知らねぇよ。あんなマグマの中にあるなんてわかるはずがねぇ」

「マグマ?」


 伝えられたサヒフォンは、当たり前に聞き咎める。あの戦いの間に、サヒフォンは一度も溶岩マグマを確認していないのだから。

 サヒフォンの反応を見て、昭も情報が伝わってない事を察する。


「あれ? 全然伝わってないのか。って事は、ムラシンの奴はもう帰ったのか?」

「母星から回収船が来ましたけど、地球圏にはいますよ。ムラシンも僕と同じような立場になると思いますが、どうやらまだ復帰は出来ていないようですね」

「マジか……あいつが説明してくれてると楽なんだが。俺もよくわかってないところがあるしな」


 そこで昭は海中に引きずり込まれてから、マグマの中で「手」を探したあたりまでを説明する。いや説明になっているのかどうか。

 自分でわかっている部分を伝えただけで、欠けている部分が多々ある情報だからだ。


 昭に伝えられたサヒフォンはそれでも何かしら理解できる部分があったのだろう。深く頷いていた。


「わかりました。『手』は溶岩の中にあったと。それはセントーAから伝えられたのですか?」

「ああ、多分そうなんだろうな。いつもより綺麗に声が聞こえた気もする」

「なるほど……となると『セントーAはこれで完成である』という事は間違いないようですね」

「そうなのか?」


 昭が首を捻る。「手」だけが欠品であるという保証はどこにもないし「これで完成だ」とセントーAに伝えられたわけでもないらしい。

 だがサヒフォンは完成したと確信しており、それが彼にとっては問題であったようだ。


「『手』を見つけて完成したという事は。僕と――アーコスと戦った時には、未完成だったという事になります」


 そう言われて昭は何事か言い返そうとする。

 するがしかし、あまりにも正しすぎる指摘に反論の糸口も掴めなかったようだ。いや、そもそも反論の必要があるのかどうか……


 昭はそこで改めて考え直し、サヒフォンの意図を汲んでみた。


「つまり……俺ともう一度戦いたいと?」

「そういう考えは確かにあります。その戦いによって、改めてこちらの地球の所有権が移るという事にはなりませんけど」

「その方が良いじゃねぇか。戦いがなんというか純粋だ」


 戦闘バカの昭は、サヒフォンの再戦希望をむしろ有難がっていた。


「やるな、とは言われてねぇんだろ?」

「前例が無さすぎて確認しない事には何とも。それに確認するなら『手』についても確認しなければならないことがあります。僕も最初から負ける戦いはしたくない」

「お、おう。それはそうだな」


 サヒフォンの気迫に押されて頷いてしまう昭。もちろんわけがわかってはいない。


「昭さん、最後の攻撃は一体何だったんです? 『手』の機能ではないかという推測はされていましたが、どうもそれだけでは説明できない気もして」

「あ~あれか。あれはな……」


 昭はそれだけ反射的に答えて、後は黙り込んでしまう。とは言っても誤魔化すような意図が無い事は表情からも明白で、真摯に説明しようとはしているらしい。

 しかし出てきた答えは、実に頼りないものだった。


「……何となくイケるかなぁ、と思ったら本当にイケちまって。それが『手』のあるなしのせいかはわかんねぇ。掴めることは大きかったと思うけどよ」


 それはサヒフォンにとって、予想の範疇の答えだったのだろう。それほど落胆した様子も見せず、もう一つ確認すべき事を口にした。


「戦う場所についても問題があります。昭さんはそれについては?」

「場所って……そんなもの富士だろ?」


 その返答を聞いてサヒフォンは首を横に振る。


「セントーAが移動を訴えているそうなんです。移動先はですね」


 昭の目がまん丸に開かれた。

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