かかっているのは地球の安全

 解釈違い――。


 そんな一部だけに刺さるような訳し方は、確実にどこかズレていると断言しても良い。そしてそうなると……。


「あの……問題のええと、『決闘法』ですね。あれはどういう事なんですか? セントーAからのメッセージであることはわかるんですが。今、七津角さんが把握されている『決闘法』も訳し方が不十分であったり――つまり解釈違いが起きている可能性があるのでは?」


 南がその危険に気付いてしまった。

 そして、しげるはあっさりと、


「その可能性は否定できない。正直、言語の形をとっているドゴン語の方が、訳されている言葉については信頼できると言っても良い」


 と、そんな南の危惧に保証を与えてしまった。


「じゃあ……!」

「だがしかし、今のところ大きな齟齬は起きていない。例えば今回、途中で決闘が終わっただろ」

「あ! それだ!」


 昭が突然に、そして当然に割り込んできた。


「何で途中で終わったんだよ!!? 誰だ!? あんなことしやがったのは!?」


 そして脆弱なカップそばのカップが破壊される。

 粉微塵のレベルで。


「うわっと! 熱ィ! 熱い! 濡れた!!」


 そして大騒ぎなる。慌てて勝手知ったる篁が奥の四畳間からタオルを取ってきた。

 ドーナツに振りかけられた粉砂糖を振りまきながら。


 もちろんそれだけでは済まないので、昭も立ち上がって南の背後にある台所へと向かい濡れ布巾をとろうとする。

 自分の家なのに勝手知らないしげるは、


「何とも騒がしい。説明続けてもいいか?」


 と、完全に部外者の構えだ。正確にこの部屋の部外者である南は、


改造それもあったわ……聞きたいことが次から次へと……」


 と、絶望を感じさせる声音で呟いている。

 昭は、濡れ布巾で畳に染みこもうとしていたカップそばのつゆを吸い上げながら、


「話せよ、クソ親父。ああ、タカ。それくれ」


 と、混乱を拡大しながら、しげるを促した。

 確かに、その方が幾分かは建設的でもある。


「――戦いが途中で終わるのはわかっていた。いやそうなる可能性があると我々は知っていたんだ。それもまた『決闘法』についてセントーAから伝えられていたからな。つまり戦いが長引くと、途中で終了になると」

「何でそんなことを?」


 カップそばが生み出した悲劇に気を取られてしまっているのだろう。

 昭は畳と自分のズボンを拭きながら、先ほどに比べれば穏やかに詰問する。


「地球を守るためだ、我が息子よ」


 そして、しげるの回答はさらに穏やかな内容だった。

 それは確かに昭の意表を突いたのだろう。目をぱちくりさせながら、父親を見遣る。


 その時、南はタオルであちこち拭いている篁の胸の動きを見て、穏やかならざる心境になっていたわけであるが、それは余談。

 しげるは、そんな反応を見せた息子に対して勝ち誇るかのように続けた。


「巨大ロボ同士の戦闘は、それだけ地球に影響を及ぼすのだ。元々、被害を抑えるために施行されるのが『決闘法』であるなら、野放図に戦わせていては本末転倒になる。私はこのシステムを知った時、宇宙の意志というものを感じた」

「そ……それはそうかもしれないけどよ……」


 さすがに地球を質に取られては、いかな昭と言えどもそこから言い返す方法も思いつかなかったようだ。

 だが、未練はおさまらなかったようで、


「あとほんの少し……それにそこまで大騒ぎになってないだろ、地球」


 と、何とか訴えるが、しげるはそれに対してことさらゆっくり首を横に振った。


「かかっているのは地球だぞ。ギリギリを攻めてどうする? しっかり余裕をもって戦闘を止めるのが理性ある行いというものだ」

「――戦闘時間は決まっているのでしょうか?」


 篁の片付けが一段落したことで、南も呪縛から解き放たれたのだろう。

 しげるの説明会に復帰した。そしてその問いかけは、見事にしげるの痛いところをついてしまったようだ。しげるの表情が曇る。


「……その辺りがうまく訳せていないことは認めよう。元々、地球で使っている時間の単位が宇宙でそのまま通じるはずが無いからな」

「それは……そうですね」


 言い訳めいたしげるの返答に、南もまたそれを受け入れるしかない、と諦めた。

 だが、今度はしげるが収まらなかったようだ。


「おおよそ三十分から一時間といったところだという解釈だが、まずその基準となる部分がわからない。今朝もいきなり『始まる』とメッセージが伝わって来て、てんやわんやだった。しかしそれも先に伝えてくれれば、息子を家に帰したりはせずに余裕をもって対処できたはずなのだ。どうも宇宙の民はかなり大雑把な部分があるようで……いや、それもまた宇宙基準……いや地球の発展レベルを見誤っているのか……」

「あ、そうだ。それもあった」


 父親の逡巡を断ち切るように、何とか落ち着きを取りもした昭が再び声を上げた。


「あの場所は何処なんだよ? 新幹線に乗ったぞ」


 それを聞いてしげると南は「わかりきったことを」と言わんばかりの表情を浮かべた。


「日本のロボットは静岡が本場だ」

「あそこは富士演習場」


 二人の認識の元になったのは「鉄甲巨兵SOME-LINE」であることは言うまでもないだろう。

 だからこそ昭と篁はそれ以上の追求をやめた。

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