蹂躙のお手本
セントーAはアーコスに向けて歩いてゆく。急ぐこともせずに悠然と。王者の様に。
対するアーコスは、なんとも中途半端な構えだ。引いた右足は、そのまま逃亡に転じようとしているかのように見えた。
しかし残された左足と上半身がその場でとどまっており、迎え撃つような態勢に思える。
逃亡は当然、サヒフォンの選択肢の中にあるのだろう、
しかし、新たな形になったセントーAの敏捷度は確実にアーコスを上回っている。
そんなセントーAから逃げることが出来るのか? いや、その前に逃げようとした途端に間合いを詰められて、一方的に殴られる可能性が高い。
では、この場で踏みとどまることが正解なのか?
その問い掛けが実際に行われていたのなら、サヒフォンは泣き出しそうな表情を浮かべていただろう。
アーコスは真っ向から攻撃を受け止める形に調整されている。
敏捷性は多少抑えて。細かいところは蛇腹マニピュレーターで対応できる。
そういう方向性でアーコスに手を入れていたのである。
しかし、新生セントーA相手にはその方向性が裏目に出ていた。
追加装備の籠手はただの重りにしかならず、その中に仕込まれたマニピュレーターもセントーAのボディに触れることが出来るのかどうか。
その上、パワーすらもセントーAが上回っている可能性は否定できない。
いや、恐らく上回っている。セントーAは全身が連動して攻撃を繰り出すことが可能なことは、その歩く姿を見ただけで窺えるのだから。
さらにさらに、である。
「……昭君にはうちの連中誰も勝てなかったのよ。昭君に対してだけは、どこからも庇護下にあるという宣言はなかったのに。だから昭君さえ捕えてしまえば、人質にして、大きな金の動きに噛むことが出来るって……多分、あれトレーニングだったのね」
南がどこか悟ったような表情でぼそりと呟く。
「トレーニング? 喧嘩の?」
それを篁が確認する。
南にとっては、それは呼び水だったのだろう。
「そう。きっとそうよ。改造とか言ってたけど、多分それは徐々に行われていたんだわ。うちの連中が数人がかりで、
それを聞いていた篁は、少しだけ首を傾けた。そのまま何かを思い出そうとするかのように眉根を寄せる。
だが、その努力が実を結ぶ前に――
ガヒィィィン!!
セントーAの攻撃が始まった。それも一撃だけではない。
ガシィイ! ドンッ! メキィ!!
と、アーコスのガードの上から構わずに殴り続ける。
いや、ただ殴るだけではない。回し蹴りに、飛び膝蹴り。
丸くなって、なんとか攻撃を凌ごうとするアーコスを抱え込み、そのまま膝蹴りを叩き込む。
「う、うわぁぁ……」
火の出るようなセントーAの連続攻撃に、サヒフォンは間違いなく狼狽えていた。
操縦器を縦にしたり横にしたり、時折叩きつけたり、どう見ても建設的な思考を保っているようには見えない。
もしも――の話になるが、アーコスにサヒフォンが乗り込んでいれば、もっと迅速に、何らかの手段を講じることが出来たかもしれない。
あるいは目の前で起こっている戦闘の熱に浮かされて、狼狽する暇も無かったかもしれない。
現状は操縦器が外部にあるロボットの悪い面だけが出てきているような状態だ。
そして、外から見上げるような視点ではどうしても対応が後手後手になる。
その不利にサヒフォンはようやく気付いたようだ。
そして、その不利を少しでも和らげる手段を自分が持っていることに、ようやく気付くことが出来た。
「く……!」
歯噛みしながら、サヒフォンの身体が静かに宙に浮いた。
そのままアーコスの元へと向かう。ガツンガツンとアーコスが一方的に殴られる音を全身に浴びながら。
それでも、サヒフォンが俯瞰で状況を把握し、戦いの様子をしっかり把握できたことは、無駄ではないはず。
サヒフォンが操縦器を弄り、アーコスがそれに応える。
セントーAの左腕の攻撃に合わせて、カウンター気味で右拳を振るう。
久しぶりの攻撃。それが反撃の狼煙になる――かと思われたが、セントーAは、その右拳をアーコスの右腕ごと抱え込む。
そしてそのまま――
バキンッ!!
アーコスの右腕を肘のあたりから折ってしまった。
それだけでセントーAの攻撃が終わるはずがない。がら空きになったアーコスの右半身に向けて、爆撃のような攻撃をつるべ打ち。
七津角昭という男。
容赦はしない。
「う、うわ……あ、昭さん……」
サヒフォンが救いを求めてのことだろう。口を懸命に動かすが……。
その最中にも攻撃は止まらず、ついにアーコスのボディが横方向にくの字に曲がる。宙に浮く。もはや抵抗しているようにさえ見えない。
『こいつで……終いだぁーーーーーーー!!!』
くの字に曲がったアーコスのボディに、セントーAのヤクザキックが真正面から突き刺さった。今度は、縦方向にくの字に曲がるアーコス。
あまりに無茶苦茶な扱い。ボディのいたるとこで爆発を起こし、放電し、ガヒュピ、ギョゲン、と破滅の音を奏で始めるアーコス。
すでに自立も適わなくなったのだろう。
セントーAの攻撃はようやく止まったが、アーコスの膝は折れ、がっくりと肩は落ち、その視線が上がることは無い。
確かに――昭の宣言通りだった。
……戦いは終わったのだ。セントーAの勝利で。
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