裸足のソルジャー

「――速い!」


 その南の言葉でさえ追いつけないような速度で、間合いを取っていたアーコスに迫るセントーA。――一転、軽々と宙に舞った。


「あ、やっぱり裸足だね」


 双眼鏡を覗いていた篁が、突然そんなことを言い出した。

 それに気を取られそうになる南であったが、今はセントーAから目をそらすわけにはいかない。

 そのまま目を凝らし、宙を舞うセントーAの足元を見る。


 昭は格闘技を全く経験していない。

 それがセントーAにも反映されているのだろう。その蹴り足は足刀ではなく、ただのべた足だった。


 それが南とっては幸いだったのだろう。

 セントーAの足には指がある。つまり、その状態が傍目からもわかるという事は――


「……裸足……か」


 浮かされたような南の視線を受け、セントーAの飛び蹴りがアーコスに襲い掛かる。今まで、攻撃を受け止めることが基本的な行動パターンに設定されていたアーコスはそれを左腕でガードする。


 ガィィィン!!


 今までとは違って、鋭さを増した響き。

 

「あ!!」


 セントーAの「変形」に心を奪われていたサヒフォンが、慌てて操縦器を弄りだした。根本的な戦闘プラグラムに修正を加える必要性を感じたのだろう。


 その間に、セントーAは伸身でバク宙すると、身軽に着陸した。

 今までのセントーAの真逆と言ってもいい敏捷性を発揮している。


「裸足……それだけ重要だったんだわ。足の指が。特に親指が」

「あ、それバスケでも同じね」


 双眼鏡を覗いたままの篁が、南の呟きに応えた。


 たまたまバスケが例えになったが、格闘技であるボクシングにおいても足の親指は重要だ。

 激しい動きを支えるのは足の親指である、と断言してしまっても良い。


 それを理解しているからこそ、セントーAの設計者は足にも指を付けた。いや、それは特に変わった考え方では無かったのかもしれない。


 しかし後世、


「指があるから、これはに違いない」


 という、発想がまかり通ることになってしまっていたのだ。


 いやそれ以上に――


「七津角さん……足に手のような親指を後付けしたんですね。だから無理があった。壊された。そして、本来なら腕を取り付ける場所に脚部あしを取り付けていた」


 今更、それを糾弾する意図はない。

 しかしそこに「教養」の影響があったことは言うまでも無いだろう。


 しげるが顔をそむけるように、本来の姿を取り戻したセントーAを黙って見つめている。その胸中に去来する感情はどういったものか。


 そこに、篁が再び声を上げた。


「ああ、目元がちょっと赤いね。歌舞伎のあれみたいな……」

「隈取?」

「名前はわかんないけどね。たぶんそれ。昭のロボット、多分痛いんだよ。目の色は随分マシなんだけど」


 隈取、と反射的にフォローを入れた南も、改めて双眼鏡を覗く。

 そして、


「い、痛いっていうのは?」


 と、篁に尋ねた。

 篁はセントーAを指さしながら、


「だってほら。手首から先が無いんだもの。痛いでしょ、普通」

「……いや、それは“痛い”なんてものでは……」

「足と腕が入れ替わってるのよりはマシだと思う」


 そんな無慈悲とも思える篁の指摘に、南は思わず呻き声を上げてしまった。足と腕が入れ替わるなんてことは想像すらしたくもない。

 それをセントーAは味わっていて――


「――だから、ボディがああいうカラーリングだったのね。で、目も真っ赤にして怒っていた」

「そうじゃないかと思うんだけど。今は赤くないよね、目。周りは赤いけど」


 何かしらヒントはあったのだろう。

 気付くべきであったのか。それとも、わかるはずがないと開き直った方が良いのか。


 そんな風に迷う南に、双眼鏡から目を離した篁がにやりと笑いながら声を掛けた。


「まぁ、でも昭だもん。手首の事なんか気にしないよ。それどころがもっと無茶苦茶する」

「え?」

「見たことあるよね? 昭が喧嘩するときにやる仕草を――」


 それを聞いて南も思い出した。

 数えきれないほど喧嘩してきた昭のその仕草を。


 それは――


『調子出て来たぞ! いよいよ本格的に行ってみるか!!』


 昭の雄叫びがこだまする。

 同時に、手首から先が無いセントーAの腕を胸の前で打ち付け合った。


 それは本来なら拳と拳をぶつけ合う、昭が喧嘩の前によくやる仕草だ。

 無意識に昭は、それを行う。いや意識していたとしても、それを行うことを躊躇しないだろう。


 セントーAの手首から先が無くとも。

 それをセントーAが痛がったとしても。


 ――それを気にすような性格ではないのだ、昭は。


 しかし、今となってはその仕草も……。


「……あれも元はきっと『ジーグ』だったんだわ。多分、子供の頃に見てたのね」

「それ聞かせたら、昭はやめるかもしれないね」


 「鋼鉄ジーグ」において、主人公が頭部に変わる時に、先ほどの昭と同じように拳をぶつけ合うという同じ仕草を見せる。

 しげるの影響で、昭はそれを知らず知らずのうちに真似するようになっていたのだろう。


 そう指摘することで、昭はセントーAを気遣うようになるかもしれない。

 しかし、それは急務ではない。


 今、昭がするべきこと。

 そして求められていること。


 ――勝利。


 セントーAがその階を登ろうとしていた。

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