戦いは続くよ
……誰の目にも勝敗は明らか。しかし、そう考えてしまうのは「こちら」の地球人だけで、宇宙常識では無いのかもしれない。
南がそんな風に不安を感じ始めたとき――
この場にいる全員、いや地球にいる全員が強制的に理解することになった。
音ではないのに、響いてくるその音が、
――戦いの終了とセントーAの勝利。
を、宣言していることに。
それにホッと胸をなでおろす南。同時に、富士演習場に詰めかけた有象無象からは歓声が。観測を続けていた白衣たちは椅子からずり落ちそうになりながらも、互いに健闘を称え合っている。
しげるの表情は南からは見えなかった。
セントーAを見上げるため上を向いているのに、同時に誰からも表情を見られないようにしているようだ。
「これで終わりね。じゃあ帰る?」
そんな雰囲気の中、篁があっけらかんと南に話しかけた。
確かにしげるを含めた白衣たちはまだまだ仕事はあるだろう。それに付き合うとしてもやることは無いし邪魔にもなる。
それにそろそろマスコミ族が、篁と南に目をつけ始めるころだ。
さっさと引き上げるべきなのだろう。
そう判断した南が、
「ええ、そうね。車に乗ってしまえば――」
と、言いかけた瞬間。再び「音では無い音」が響き渡る。
ただし今回は、それによって何かを理解させられるという事は無かった。ただ、何かしら讃えられているような……。
『ん? 何だ?』
セントーAが、空を仰ぐ。
するとそれが合図だったかのように、中天にある太陽から輝きが一欠片が落ちてきた。
それは一筋の光。
その輝きはそのままセントーAの額で輝き始めた。
額から一本の角が生えている、というあたりが一番近い説明になるだろう。
『な、なんだ? 何が起こった?』
セントーAのボディの中にいる昭が、わけもわからずにワタワタしている。周囲の反応でセントーAに何かがあったことは察したようだが、鏡でもない限り自分ではわからないだろう。
「――ああ、これは昭さんにはわからないでしょう。自分に証明が張り付いていることは」
そこに、さっぱりした表情のサヒフォンが、宙を漂いながら篁と南の側に近付いてきた。そんなサヒフォンに篁が声を掛ける。
「サヒフォンくん。大丈夫なの?」
「僕は問題ありません。これからアーコスの回収が少し手間ですけど――それはそうとおめでとうございます。僕が言うのはきっとおかしいんでしょうけど」
敗者が勝者に祝辞を述べる事はこっちの地球の常識では、そこまでおかしな話ではない。スポーツマンシップという概念を持ち出すなら、むしろ積極的に称えられる可能性もある。
しかし、先ほどまでの戦いは侵略戦争の一環であったはずなのだ。
敗者は即時撤退。こちらの地球からの追撃を覚悟すべき状態のはず。悠長に称えている場合ではない。
そういう容赦の無い事態にならないようにするために、決闘方式が運営されているのだ、と考えることも出来るのだが……。
そんな戸惑いの中で、サヒフォンは言葉を重ねた。
「まずは一勝ですね。もう手遅れなんですけど、やっぱり僕の星に負けておいた方が良かった気がします」
――まずは一勝。
この発言については、何となく察することが出来る。
サヒフォンの星から改めて侵略の先兵がやってくるのだろう、と。それに対して「まずは」と言うのもおかしな話ではあるのだが、それは何か翻訳が解釈違いを起こしていた、と考えることは出来る。
しかし、
――僕の星に負けておいた方が、
これはいただけない。何をどう解釈してもサヒフォンの星とは別の星から侵略者がやってくるようにしか聞こえない。
ただ、そう考えると「まずは」という単語がすっきり収まる。
それにいち早く気付いた南が、冷や汗を垂らしながらサヒフォンに確認する。
確認せざるを得なかった。
「……ちょ、ちょっと待って。サヒフォンくんの星からの侵略はこれで終わり?」
「はい。僕負けましたから」
「でも、これからも戦いは続くのね?」
「そうですね。こちらの地球の視点で考えればそうなります」
「それで、こっちの地球が戦う相手はサヒフォンくんの星では無い……のよね? 負けてそのターンが終わったんだから」
あまりの南のくどさに、サヒフォンも戸惑いの表情を浮かべる。
しかし、南の確認については肯定するしかなかった。逆にそれがサヒフォンを戸惑わせてるのかもしれない。
「……おかしいですね。『汎宇宙公明正大共存法』は理解されてたんですよね? だって『汎宇宙』ですよ。僕の星だけの話にはならないですよね? 常識的に考えて」
これは宇宙常識の範疇であるのか?
それとも解釈違いが発生しているのか?
しかしその疑問に否定的な結論を見出したとしても、それは気休め以上にはならない。
何しろ地球は――もう始めてしまっている。
「……何だか昭が喜びそうな話になって来たね」
と、この展開にはさすがにあっけらかんとはならなかった篁が、うんざりといった様子で、独り言ちた。
そんな篁の視線の先には、
『よぉ! もう降りていいんだよな? ああ、でも高さ変わってるから、足場使えないのか? おい、クソ親父なんとか言え!!』
と、昭がセントーAを巻き込んでの大騒ぎを続けていた。
そんな様子を見て、思わず南は祈らずにはいられない。
――せめてこの夏が終わるまでは、静かな地球でありますように。
と。
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