富士と桜と浅間神社

「それはつまり侵略ロボが海中でも染み込もうとしていた、という可能性を憂慮しているのか?」


 プラカスに指揮所に呼び出されたしげるであるので、何となく上からである。確かにプラカスから相談を受けているような状況だ。

 そのプラカスは首を横に振った。


「流石にそこまでの事はしていないと思います。『決闘法』運営への不審はとりあえずなくなりました。それでも侵略ロボに対して何処まで拘束力があるのかは不明のまま」


 プラカスはため息をついた。


「……何もかも希望的観測で進めなければならないことにストレスを感じますね。ですがとにかく海中で侵略ロボが浸透しようとしていることは無い、と考えています」

「運営がそれを許さないだろう、と割り切るしかないという事か」


 珍しくしげるが人の心に沿ったような発言をする。そしてその流れのままに、こう続けた。


「私はまず、セントーAがそれを許さないのではないかと考えている」

「……なるほど。そういう考え方も出来ますね」


 何事かを納得したらしいプラカス。だが表情は浮かないままだ。


「しかしそうなると、侵略ロボは海中で何をしていたのか? という疑問は残ってしまう事になります」

「時が来るまで潜んでいただけでは?」

「それなら宇宙に居れば済む話だと思います。どちらにしても我々は侵略ロボを探知できないのですから。そうなると――やはり何かの『調査』を行っていたのでは? と推測が元に戻ることになります」

「調査」


 しげるがオウム返しに「調査」という言葉を繰り返す。

 そして、首を捻った。


「何のために?」

「それがわかりません。何となくそう思ってしまったのです」


 言い訳をするようにプラカスは答えた。簡単に言ってしまえばそれは「勘」と呼ばれるものであったのだろう。あるいはインスピレーション。プラカスを取り巻くスパイスの香りに神秘性が増したようにも感じられた。


 そもそもプラカスもまたセントーAの「声」が聞こえる人間である。それもまた侵略ロボの動きを“感じてしまう”理由になるのかもしれない。


 そう言ったプラカスの言動はまた、同じようにセントーAの「声」が聞こえる、しげるを刺激したらしい。


「実は私もセントーAに関係する声……いやビジョンを感じていてな」


 しげるがそんなことを言い出した。この流れの中の発言であるので「突然」ではないだろう。しかし明らかに様子が違う。


「ビジョン? 『声』ではなく、ですか?」

「ああ。頭にこびりつく映像があってな。それをよくよく思い出してゆくと、やはりセントーAが関係しているのだろうと感じた」


 感じた、と言われるとその場では議論は打ち止めだ。論理的な現象では無いのだから。

 となると次に確認すべきは――


「それで、どんなビジョンを?」

「それなんだがあれは……桜だと思う」


 プリカスが目を見開いた。しげるが発した言葉が意外過ぎたのだろう。そして指先で空中を叩く。


「……桜。日本らしいお話ですね」

「ああ、すまん。正確には桜の花だな。桜の花が見える」


 プラカスはさらに指先を鳴らした。

 そして白衣の内ポケットから枝のようなものを取り出す。漂う香りはシナモンだった。


「桜の花を、セントーAがミスター七津角に伝えようとしている……」


 その現象を疑うという行為はすでに通り過ぎている。つまりここでプラカスが案じているのは、この現象をどう解釈するかだった。


「そう! まさにそこだ! 私もそれを考えてみたが、これは『浅間神社』が関係しているのではないかと思い至った」

「浅間神社――演習場の周囲にはいくつかありますね」

「そうだな。元々は富士山が関係しているわけだが、重要なのは木花之佐久夜毘売との関連だ」


 さすがにここまで入り組んだ連想は外国人であるプラカスにとっては難しい。いや、多くの日本人にとってもそうだろう。

 しかし日本神話を手繰ってゆけば木花之佐久夜毘売と桜の関係性が見えてくる。


 そしてセントーAが伝えようとしているのは「桜」であり、演習場の周囲には木花之佐久夜毘売を祀っている神社が多く存在しているのだ。


「――ではセントーAがこの場所から動きたくないと考えているのは、その神に関係していると?」


 しげるの説明から素直に連想を進めると、そういった結論になる……ように感じられた。

 セントーAはそもそも正体不明な物体である。たまたまロボットに似ているからそういう解釈になってはいるが、そこを疑い出すと……


「私の推理も同じだ。しかしこれは一朝一夕に結論が出るものでは無いだろう。今は放り投げてしまえ!」


 自分で話を持ち出しておいて、しげるはこの考察に時間を費やすことを忌避した。しげる自身もビジョンの影響であやふやになっているようだ。

 プラカスもそれに頷く。


「そうですね。我々が先に考えなければならないことは他にもある。優先順位の高いものが」

「その通りだ! 何としても剣を使えるようにしなければな。そこで私の『教養』がこんなアイデアを囁くのだ」

「伺いましょう」


 ――繰り返しになるが、武器開発はしげるの職分ではない。

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