無駄な殺意と奪った時間

 そこからのアメリカの苦労は讃えるべきものだろう。いきなり引っ張り出された日本語通訳者たちに、超高速で手配されたアメリカ政府の公認の日本語通訳者たち。

 そして同時翻訳中継の態勢を整えてゆくマスコミ関係者。これに関しては各国の報道機関も頑張ったと言える。


 アメリカ代表は頑張って、アメリカからの質問をサヒフォンにぶつけてゆく。

 

 ――「汎宇宙公明正大共存法」を管理しているのは何者か?

 ――これから先、幾たび侵略活動が行われるのか?

 ――地球にやってきたコンキリエは如何なる理論で航行しているのか?

 ――重力制御と慣性制御を伝えてくれないか?


 と、どんどん生々しく「質問」が「要望」に変化してゆくが、それは仕方のない事であったのかもしれない。

 何しろサヒフォンは聞くだけは聞いてくれるのだが、それに対して返答をしない。ただ頷くだけなのだから。


 そこでアメリカ政府は自らのミスに気付く。この会合は無論裁判ではないが、かといって公聴会にすらならない可能性があるという事を。

 サヒフォンには回答する義務がない。またそれを促せる立場の者もいないという事に。


 セントーA関係者であれば、何らかの働きが出来た可能性はあるが、アメリカ政府はそれを嫌がった。理屈ではなく本能で。

 あくまで地球代表は我々だ、という矜持が思考硬直を招いていたのだ。


 こうして一方的な、そして虚しい時間が過ぎてゆく。こうなると中継を見ていた世界各国からも声が上がり、それもまたマクファーソン上院議員からサヒフォンに伝えられるのだが――


 サヒフォンは変わらなかった。言葉は通じているのだろう。しかしそれに対する対応が悉く予想を裏切るのである。

 それでも、この時のサヒフォンの表情から心理を読み取るとするなら……それは憐憫に近いのかもしれない。


 果たしてそれがきっかけであったのか。

 偶然の産物であったのか。


 キューーーーーーン……


 スタジアムに銃声が轟く。

 元々、アメリカは銃撃に対する備えが万全には出来ない国家である。それに加えてここ最近の侵略騒動。これでは警備に穴があることは当然と言っても良いだろう。


 さらに穿った見方をするなら、わざと狙撃に協力する一派がいても不思議は無い情勢でもある。

 しかしこういった一派は、現実を歪んで認識してしまう事も確かだ。


 つまりサヒフォンは「慣性制御が出来る」という現実を受け入れないのである。


『だ、誰だ!?』


 とっさにマクファーソン上院議員がそう声を発することが出来たことは、従来なら手遅れであるのだが、アメリカの良心を証明するためには有効であった。

 それに慣性制御の意味をしっかりと認識しているという面でも。


 サヒフォンを狙った銃弾は、しっかりと慣性制御の壁に阻まれており、何ら状況に変化を齎さなかった。ただポトリとサヒフォンの座る椅子の側に銃弾が落ちただけ。

 しかもサヒフォンは銃弾に目を向けることもない。ただバックネット前に並ぶ質問者たちを見つめ続けるだけなのである。


 その光景で地球人たちは嫌でも理解した。

 サヒフォンは――宇宙のレベルは想像もつかない高みにある事を。


 ……そうなると、このサヒフォンに勝ったセントーAとは一体なんなのか? という疑問が湧いてくるところなのだが、そこまで考えてしまうことは心が拒否してしまうようだ。


 狙撃犯は穴があることを証明するかのように、スタジアムから脱出する事には成功したらしい。すでにその後を報道へリコプターが追いかけているようだが、それは一種の逃避行動であるかもしれない。


 何しろこの時すでに、スタジアムには沈黙のとばりが降りていたのだから。


「質問は以上ですね。では一言だけ。ええと……よく頑張りました」


 その沈黙にとどめを刺すように、サヒフォンが例の如く、どこかズレた言葉を返してきた。質問に答えてくれた、という事になるが、当然それを喜べるはずもない。

 何しろ色々と質問をぶつけたのに、それに対する回答として「よく頑張りました」では、あまりにも無情。


 サヒフォンに、そういった情を要求することは無茶だとわかっていたはずだが……


「それでは僕からも一言。こちらの国の民間が、日本に対しての働きかけが熱心過ぎると。それが問題なのでこちらの政府は何とかした方が良い、という話でした」


 それがサヒフォンがアメリカに伝えたかった言葉らしい。

 つまり利権を求めて、企業や裏社会の組織までも日本にちょっかいかけている現状を、アメリカ政府はしっかりと管理しろ――そういう事であるようだ。


 ただ、それもまたサヒフォン自身がそう考えているわけでは無く、ただ伝えに来ただけであるようだ。

 それだけでも十分な牽制になるし、実際アメリカ政府も本腰を入れて対応する事にはなるだろう。


 だがそれでもサヒフォンのスタンスは「我関せず」という事になる。

 そしてそれを証明するかのように、サヒフォンは自分の伝言に対するアメリカ政府の回答を待たずに、再び宙に浮かんだ。


 このままコンキリエと帰ってゆくようだ。それでも二時間ほどサヒフォンの時間を奪った事を成果と見るべきなのか。


 マスコミ各位は何かを誤魔化すように、狙撃犯追跡を熱心に伝えてゆく……

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