会場はドジャー・スタジアム
結局、ドジャー・スタジアムを選ばざる得なかった。晴天であることを幸いと考えるしかない。もっともそれは地球人側だけの都合であって、ゲストは地球の天候に左右されることは無いだろう。
ゲストの名はサヒフォン。一月ほど前に、地球を狙いにやってきた異星人の少年である。今は外交官として、日本の安アパートで暮らしているが、本宅は衛星軌道上に浮かんでいる宇宙船と考えた方が良いのかもしれない。
サヒフォンがドジャー・スタジアムにやってくるのにも宇宙船――地球側は「コンキリエ」と呼称しているが――経由で移動してきていることが結果的に判明していた。
結果的に、とは地球側の技術力ではサヒフォンの「移動」を全く感知できないからだ。それだけ技術力に差があるのに、今のところ地球は侵略されずに済んでいる。
それは宇宙に遍く普及しているらしい「汎宇宙公明正大共存法」――通称「決闘法」――の存在と、サヒフォンが操る侵略ロボ、アーコスに対して地球側が用意していたロボット「エイリアンセントーA」が勝利を収めたことが理由である。
だがそれは地球侵略が終わったことを意味しなかった。
サヒフォンの星は侵略をやめることになったが、他の星はまだまだ地球を狙って来ているからである。そしてそれは推定ではなく、サヒフォンの証言からも確定している。
そうとなれば何としても侵略に対抗したい。セントーAだけにその重責を担わせるのはおかしい、と考えるのは自然なことであるだろう。
その後に利権云々が絡んでくるとしても、発想自体は純粋なものだ。
そこで高らかに声を上げていたのはアメリカであった。外交官を自任しているサヒフォンと交渉したい。何かしらの情報を引き出したい。
何とか接触したい――そこまで要求を下げてもサヒフォンは反応を見せなかった。
ところが数日前に、日本政府を通してアメリカにサヒフォンから「コンタクトを取りたい」との連絡があった。
ちなみに、ではあるが日本政府もサヒフォンにほとんど無視されていることも明らかであるので、その段階から異例と言っても良い状況である。
そしてサヒフォンの目的は「アメリカに伝えたい事がある」であった。
アメリカ政府は、この機会を逃さない。それなら我々も伝えたいことがある、とサヒフォンに伝えた。交換条件を提示したわけである。
そしてサヒフォンはそれを了承した。
――これなら交渉も可能かもしれない。
色めき立ったアメリカ政府であるが、同時にアメリカ国民も色めき立った。いや日本を除く世界中が色めき立ったと言っても良い。
何とかして、異星人の姿を生で見たい――という世界の要求を抑えることが出来なくなっていた。
そこで日本から近い西海岸のドジャー・スタジアムを使っての、開かれた会合となったわけだ。サヒフォン相手なので「日本に近い」ことに意味があるとは思えないから、この選択は日本を慮っての事という事になる。
もちろんサヒフォンは事前にそれを了承しており、アメリカ政府はさらに交渉が可能である可能性に胸躍らせた。
異星人の側で何か状況が変わったのだろう、と。
そういう条件と状況が整ったドジャー・スタジアムにサヒフォンが降り立った。これは比喩表現ではなく、本当にサヒフォンは空からゆっくりと降下してきたのである。
青い肌の他は地球人類と変わらない姿形で、背の高さからは確かに少年――それもまだエレメンタリースクールの通う年頃に見えた。
服は特に気張ったものではなく、日本で入手できる子供用の衣服を使用しているようだ。特に武装しているようには見えない。
アメリカ政府としても、今更サヒフォンをどうこうするつもりはなかったが、ここまで無防備な振る舞いをされては、忸怩たるものがあるだろう。
しかし――いやだからこそサヒフォンとの会合を成功させなければならない。ホームベースの向こう側に並んで座る上院議員をはじめとした代表者たちの緊張が増した。
サヒフォンはマウンド上に設置された大きなテーブルと、それに併せた椅子に腰かける。これはサヒフォンに敬意を払う以上に、大きなテーブルを用意しなければマイクをはじめとしたさまざまな機器が設置できなかったからだ。
もちろんテーブルに乗り切らない各種機器もあり、それはまるでマウンドを十重二十重に取り巻く包囲陣のようだ。結果論ではあるが、こうなると野球場を会合場所に選んだことは正解であったのかもしれない。
「何か僕に話があると聞いていますが」
椅子に腰かけると同時にサヒフォンが告げた。日本語で。
これにアメリカ政府は虚を突かれる。サヒフォンは当然のように英語を理解するだろう、使いこなすだろうと考えていたのだ。
そういった事情を、代表であるヘンリー・マクファーソン上院議員が英語で訴えてみる。するとタイムラグがあるもののサヒフォンはそれを理解したようだ。
しかしそれに対する回答は、やはり日本語だった。
「では、僕が伝えたいことは――」
『ま、待ってくれ!』
マクファーソンは慌ててサヒフォンを制止し、すぐさま通訳を手配することにした。この際民間からでもなんでもいいと。
西海岸には確かに日本語を介する者が多くいたし、やはりドジャー・スタジアムを選んだことは幸いであったのだが――とにかく前途多難であることは間違いない。
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