重力と慣性
ここで少し時を戻す――。
さらに場所も移そう。その場所とは篁たちがジープに乗って案内された、学校ではよく見かける、布製の屋根しかない簡易テントが設営された場所だ。
それらが野っ原に投げ出したように設置されている。
そして本当に体育祭のように、パイプ椅子や折り畳み式の長机が用意されており。机の上には何かしらの電子機器。
それなりに「教養」のある者は「臨時指揮所」などという、それっぽい言葉を思い浮かべるような佇まいだ。
だが、この場所は指揮所としての機能は無く、言ってみれば「観測所」。
ただひたすらにこれから起こる巨大ロボット同士の戦闘データを集めるためだけに、設置されているというわけだ。
篁と一緒に連れ来られた南は、そういった場所であることを知らないはずだ。
だが「地球にやってきた侵略を試みるために決闘しに来たロボット」――つまりは侵略ロボが地表すれすれで静止した瞬間、細い目をさらに細めて殺気に似たものを発する。
侵略ロボの様子を観測し、その技術力の高さに気付いてしまったのだ。
「どしたの? なんか変だった? あの落ちてきたロボットについてだよね?」
と、侵略ロボの動きについて違和感を覚えなかった篁が、逆に南の様子に違和感を覚え、そのまま南に尋ねてくる。
「見た? どうやら相手は重力を制御できるみたい」
南も答える義務はないはずなのだが。律儀に説明する。
それどころか――
「……重力、この場合は引力の方が適しているかもしれないけれど、とにかく重力ということにするわ。つまり地球に引き付けられる力ね。物が地面に落ちるのは重力があるから。だけど人類は“落ちる”という現象は観測できるけれど“なぜ落ちるのか?”については未だに明確な答えを持っていないの。その答えがわからないから、重力を扱うことが出来ない。それなのにあのロボットは確実に重力を制御できる。そうじゃないとあの動きは説明できない」
いきなり始まった南の長広舌に目をパチクリさせる篁。それはお付きの構成員二人も同じようで、こういった南の姿は初めて見るようだった。
南としては、そうやって言葉にすることで何とか目の前の現象を整理しようとしているのだろう。
篁の問いかけはただのスイッチでしかなかったようだ。
そして篁もまた、それに付き合うかのように質問を続ける。
「えっと……とにかく、相手には凄い力があるって事?」
それは実に簡略に、それでいて的確にまとめた質問であった。
だからこそ南は小さく頷く。そして、さらに説明を続けてゆく。
「凄い力というか、凄い技術力ね。それにあの動きを説明するなら――」
「ひ、人が! 子供が乗っています! ロボットの肩の上に!!」
観測していた白衣姿の女性が悲鳴を上げる。
だが、この位置からははっきり見えない。白衣の女性は双眼鏡を持っていたから、いち早く気付くことが出来たのだろう。
「双眼鏡を調達してきなさい」
すぐさま南が構成員に指示を出し、それは秒で達成された。
南は双眼鏡を受け取ると、そのまま侵略ロボの肩を確認する。
そして、確認してしまった。
確かに侵略ロボの肩の上に異星人と思しき、青い肌の子供がいることを。
それは即ち――。
「慣性制御まで思いのままってわけね……」
南は奥歯を噛みしめながら、憎々し気に呟いた。
「かんせい?」
やっぱりよくわからない篁が再び質問を再開させようとした時、
「君は本当によくわかってるな。確かに向こうは慣性をどうにか出来るようだ」
昭を送り出したしげるが、観測所で合流した。
そしてそのまま解説しようとする。
「タカちゃん、慣性というのはだね――」
「おっちゃんは黙ってて。私はこっちの人に聞いてるんだから」
それを完璧に拒否して、篁は南に目を向けた。
人望というものの違いではあるのだろう。
「……慣性というのは」
そして南も、自分自身の整理のためなのだろう。
説明を再開した。
「言葉にするなら『止まっている物は止まり続けようとし、動いている物は動き続けようとする力』と説明されてるわ。だけどこれでは当たり前すぎてよくわからないでしょ?」
そんな南の問いかけに熱心に頷く篁。
「だからもっと身近なもので考えればいい。例えば走っている時に、いきなり曲がろうとするとき体が引っ張られるでしょ? それはまっすぐ進もうとする力があるからなのよ。そんな力をまとめて『慣性』っていうわけ」
「私、バスケやってるの。じゃあ、ターンしたり急に止まってシュートするときも……」
「それならもっとわかりやすいはずよ。そういう時に、止まる時だって色んな力を感じるはず。そういう力は必ず発生するものなのよ。それなのにあのロボットは、凄い勢いで落ちてきて、いきなり止まった。こんなこと慣性が働いているならできっこない。つまり重力を操って落ちる事をやめさせ、今まで落ち続けたことで生じた落ち続けようとする力――慣性を無しに出来る。そういう事があの動きでわかるわけ。しかもそれはロボットだけではなく、ロボットの周り全体に及んでいるようね。肩に乗っただけなんて、いきなり止まったら人は放り飛ばされて、無事で済むはずがないのよ。それが出来るって事は――」
「凄い力がある……これも地球は出来ないの?」
その篁の確認はまさに急所を抉るものでもあった。
そう。今の地球は慣性を制御できない。それが絶望的な現実であった。
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