ただ純粋に殴り合いを

「クソ親父!!」

「我が息子よ!!」


 星が流れた瞬間、七津角親子が声を上げる。ずっと前から臨戦態勢だったはずだが、相手が見えたことでいよいよギアを上げたようだ。

 流れ星の正体は言うまでもなく、サヒフォンが駆る侵略ロボであることは間違いない。いちいち観測機器を通さなくても、それは確実だった。


「ったく、あのガキ! いつもいつも間が悪い!!」


 と、続けて昭がそんなことを叫ぶ。

 前回の戦いでも改造されて後、いったん間が空いたことを指しているのだろう。


 当然、マスコミ族は何を言っているのかわからないわけだが、凶相に磨きがかかった昭に声をかける勇気はないようだ。

 というか、この段階で声を掛けると非地球人の誹りを受けることは確実だろう。


 そもそも昭がどういう立場なのかもマスコミ族はよくわかっていないままなのである。

 ちなみに、しげるの立場もよくわかってはいない。


「こいつらは何だ……?」


 というあたりが本音ではある。

 つまりマスコミ族の前に姿を現した段階で、七津角親子は大きく間違っている、とも言えるのだが、そのミスがいよいよ帳消しになりそうになっていた。


 侵略ロボが地表付近まで落下し、重力を操り、慣性を無かったことにして富士演習場にストンと着陸したのであるから。

 マスコミ族の中の数名が、かつての南と同じように驚愕に目を見開いている。


 異星人の技術力の高さ――いや、それだけでは説明できない、パラダイム・シフト級の根本からの考え方の違いを察してしまったのだろう。


 その中で一度経験していることがあったせいか、南はどこか冷めた口調で篁へと話しかけた。


「あ~、これ空気にも干渉してるわね。じゃないと圧縮された空気が熱を帯びないとおかしいし、せめてこっちまで風がこないと」

「ああ、そうだね。大きいもの落としたら、確かに風は起こるもんね」


 篁がざっくりと納得する。


「……という事をわざわざやってるんだから、確かに地球に被害を出さないようなレギュレーションはあるんでしょうね」

「サヒフォンくん、何かおかしかったけど、基本はいい子だったみたいだし」


 サヒフォンがいい子であることと、レギュレーション遵守はあまり関係ないなぁ、と思いながら、南がちらっと振り返ってみるとマスコミ族は当たり前にパニックを起こしていた。


 すでに昭もしげるも改めてセントーAに向かっているらしく、それを追いかけようか、どうしようかと蠢いているマスコミ族の残滓を見るに、無事脱出できたようだ。

 そして大多数は、落下してきた侵略ロボを呆然と見つめている。


「……何か、前とは違う気がする」


 そんなマスコミ族とは経験値が違う篁が、体を起こして双眼鏡で侵略ロボを見つめていた。

 その指摘で、南も双眼鏡を覗く。


「――確かに。あれは多分籠手みたいなものなのかしら。腕が一回り大きくなってるように見えるわね。あれが戦いに向けて行った改良……ほかにもあるかもしれないけど」


 と、言うか確実にあるだろう、南は心の中で呟いた。

 そんな南には構わず、篁は双眼鏡を覗きながら、大きく手を振っている。


「……何してるの?」


 答えはわかり切っているのに、聞かずにはおれなかった南が尋ねてみると、


「サヒフォンくんに挨拶しておこうって」


 と、案の定の答えが返ってくる

 そして、


「あ、気付いたみたい。手を振り返してくれてるけど、何だか恥ずかしがってるね」


 と、実況までしてくれた。サヒフォンに思わず同情してしまう南であったが、どうやら宇宙常識でも、篁の行いはどこかズレているらしい。

 

 そして、そのやり取りは聞こえなかったはずなのだが、マスコミ族の中にも数名手を振っている者がいた。

 これが果たしてどんな風に思われるのか……ビッグサイトに行った方が健全だったのかもしれないと、改めて南が暗澹たる気持ちになる。


 ドウン!!


 その時、そんな南の気持ちを押しつぶすような鈍い音が響き渡った。

 続いて、視界の中にセントーAの巨体が侵入してくる。格納庫からのっしのっしとナックルウォークで出撃を始めていた。


 セントーAの巨体は、あっという間に南たちの視界を埋めてゆく。

 ファイヤーパターンが刻み込まれた黒いボディ。そして鬼火のような赤い瞳。球体の繋がりでボディを構成してるせいで、一見筋肉隆々といった印象のセントーA。


 その姿には確かに頼もしさがあった。

 逆に背負ったロケットがどうにも恰好が付かないが、必要な装備だと開き直るしかないだろう。


 再び、侵略ロボを追いかけるような展開になれば、ロケットはものを言うはずだ。

 いや、それならもう点火しても良いのかもしれない。何せ、ゴングなどない決闘なのである。一気に間合いを詰めても――


 そう南が考えたとき、侵略ロボが動き始めた。

 セントーAに向かって。


「え!?」


 と、思わず南が声を上げた。

 侵略ロボは――サヒフォンは今度は逃げ回ることをやめたらしい。逃げ回って情報収集をする必要ない、と判断したらしいというべきか。


『――へっ!』


 昭が笑う。その笑みが想像できるような余韻を周囲に響かせて。

 そして練習していた二足歩行で、向かってくる侵略ロボに向けて悠然と歩いて行った。


 二つの巨大ロボの間で、戦意が圧縮されてゆく。

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