搭乗不利論

 しげるはヘッドセットを付けていた。現場指揮官であるなら、それは当然なのかもしれないが、何か異常な違和感がある。

 それでも。ヘッドセット越しにサヒフォンの声を聞いていたから、乱入できたのだな、と納得するしかない。


 簡易テント。南の横にはデータ収集用の機材を扱う白衣たちがいるので、気の利いた誰かが集音マイクでサヒフォンの声をしげるに送っていたようだ。


「……誰ですか?」


 そんな、しげるの胡散臭さは異星人であるサヒフォンにも通じるらしい。

 どこか戸惑いながら、現れたしげるを子供らしからぬ険しい眼差しで見つめる。


「しげるおっちゃんだよ。昭の父親」


 篁が、これまたあっさりとそう教えると、サヒフォンは大きく目を見開き、


「そうだったんですね。失礼しました。この度『汎宇宙公明正大共存法』施行の任を受け持っているサヒフォンです」


 と、随分大人びた言い回しでサヒフォンはしげるに自己紹介する。

 それを受けて、しげるもヘッドセットを外し近付きながら、それに応える。


「うむ。ご挨拶痛み入る。私が七津角しげるだ。先日は不調法なこととなってしまい申し訳ない」

「いえ、僕も突然の訪問でしたので……」


 明らかに侵略者と、それに対抗する組織の長の会話ではない。

 南は脂汗を流していた。二人の会話はもとより、マスコミ族がこちらをどんな目で見ているのかも、想像するだに恐ろしくなってきたからだ。


 そんな南の思いに応えるように、しげるが胸を反り返しながら、サヒフォンにこう尋ねる。


「――ところで君はロボットに搭乗することを否定しているようだが?」


 それは疑問というよりは、確実に挑発の響きがあった。

 サヒフォンもそれを察して、ムッ、とした表情を浮かべ、


「ええ、否定します。ロボットに乗り込むことは不合理に過ぎますから」

「君の持っている技術は……間違いなく慣性を扱う事に慣れているように思うが」

「確かに乗ることの不利は、あなた方よりも小さいでしょう。けれど乗ることの不利はそれだけではありません。どうしても視界が制限されます。逆に乗らないことで有利になる点も多い。現に僕は、今もさほど疲れてはいませんし、こうやって話をする余裕もある」


 ガヒィィィン!!


 セントーAの左フックが侵略ロボのボディに突き刺さる。

 それによって侵略ロボは少しよろめくが、それでめげることは無くセントーAに右足で蹴り返していた。

 その間、サヒフォンが改めて操縦器を触ることは無かった。確かに、その辺りは自然に動くように作られているのだろう。


 AIによる自動戦闘という発想は、宇宙共通のようだ。

 それによって何かしら通じるものを感じてしまったのか、再びしげるとサヒフォンの間で友好的な雰囲気が漂ってしまった。


「……時に君の使うロボット。君は何と呼んでいるのだ?」

「……アーコスです。そちらは?」

「エイリアンセントーAだ」


 今まで、あっけらかんとしていた篁が、この時ばかりは顔をしかめた。

 よほど「エイリアンセントーA」という名称が気に食わないのだろう。


「なるほど。君の言う事はもっともだと私も認めざるを得ない」


 一方で、しげるはまだまだ友好的な雰囲気を持続させることが望みであるかのように見えた。

 サヒフォンも大きく頷く。


「――だがしかし、君はこちらの地球の想像力をナメた」

「舐め……いえ、そこまで馬鹿には――」


 翻訳が一瞬間に合わなかったようだが、サヒフォンはしげるの言葉を否定する。

 だが、しげるはさらにそれを否定した。


「君は昭が、セントーAに乗り込んでいると考えているね? だが、それは間違いだ」

「いや……それは確実――」


 恐らくは上空うちゅうから、セントーAに乗り込む昭の姿を捉えていたのだろう。

 宇宙にある「コンキリエ」でもって、情報収集に勤めていたと考えることは無理な話では無いからだ。


 だからこそ、しげるはそんなことで恐れ入るはずはない。

 いよいよ本領発揮で、一気に胡乱気なことをまくし立て始めた。


「確かに乗り込んでいる。だがそれは『本家』ほど上手くは出来なかったからだ。だからこそ、いったんセントーAに乗り込むしかなかったのだ」

「本家?」

「君は……異星人だから仕方ないが『鋼鉄ジーグ』という作品を知っているかい?」


 知っているはずはない。

 それでもサヒフォンが戸惑いの表情を浮かべている。サヒフォンが何かしら日本のロボットアニメについても情報収集したような痕跡もあるにはあるのだが、それはカタログを眺めただけとも言える。


 だから一連のやり取りで、真の「教養」の持ち主は察してしまう。

 何故、このタイミングで「鋼鉄ジーグ」の名前が出たのか。そして、しげるの胡散臭さを。


 だからこそ、南は今まで以上に動揺してしまった。

 そうなるとサヒフォンも放ってはおけない。半ば助けを求めるように南に「どういうことですか?」と尋ねてしまった。


 先日の「路傍文化」での南の対応を経験しているので、それもサヒフォンの行動を決定したのだろう。

 そして南も問われるままに、答えてしまう。


「――『鋼鉄ジーグ』はパイロットが乗り込むタイプのロボットではありません。『鋼鉄ジーグ』はパイロットがロボットの頭部になるのです」


 その説明で即座に「ジーグ」を理解できる地球人はいないだろう。

 そしてそれは宇宙規模で考えても、まったく異質で想像も及ばない説明だった。

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