サヒフォンが言う事には

 サヒフォンが重力をものともしないことはわかっている。だから宙に浮かぶことも不思議ではない。そう理屈の上ではわかっているが、実際に目の前で「人」が宙に浮かんでいるのを見ると、そこに圧倒的な力の差を感じてしまうものだ。


 ただ、サヒフォンは移動の途中で、たまたま浮いていただけらしく、すぐさまビーチチェアの篁の隣に着陸した。

 物理的に「上から目線」状態を避けたようだ。


 それはそれで喜ばしいことではあるかもしれないが、そんな機微がマスコミ族に通じるはずもない。明らかにこちらの地球人ではないサヒフォンの登場に驚いており、それ以上の行動には移せないようだ。


 突撃インタビューの絶好のチャンスであることは間違いないが、サヒフォンの向こうでは巨大ロボ同士が殴り合いを繰り広げており、


 ドン!! ガン!! ギヒィィン!!


 と、けたたましい音がマスコミ族を牽制する働きを果たしているようだ。

 先ほど、サヒフォンに向けて手を振った数名はバツの悪そうな表情を浮かべていた。


「ね、操縦しなくても良いの?」


 そんな空気の中、篁があっけらかんとサヒフォンに声を掛ける。

 そして、先ほどのサヒフォンの言葉を思い出して、


「今日で決着が付くって言ってたよね? もう操縦しなくても勝てるって事?」


 と、続けて尋ねる。


「いえ、そこまでは。ですがそういうつもりで準備をしてきたって事ですよ」


 それに対して、サヒフォンはまずそう答えた。


「操縦については、そこまで細かい操作はいらないって事です。それはどう考えても面倒ですから」


 確かに、サヒフォンが胸に抱えている恐らくは操縦器では、アレコレと操縦するには明らかに足りない。具体的に何が足りないのかはわからないが、とにかく造りが簡単すぎるように見えてしまうのだ。


 篁はサヒフォンの言葉よりも、そんな簡単そうな操縦器を確認したことの方が納得しやすかったらしい。「じゃあ、お好きに」といった態度で、再び巨大ロボ同士の殴り合いに視線を戻した。


 そんな篁に向けて、今度はサヒフォンが声を掛けた。


「――負けを受け入れては貰えませんか?」


 と。


 どう考えても、篁という一般人に問いかけるべき内容ではない。恐らくは、篁だけがサヒフォンに応じていたことによって、消去法的にサヒフォンは篁を選択しただけなのだろう。


 幸い、マスコミ族の集団にまではサヒフォンの声が届いてはいないようだが、すぐそばにいた南の耳には当然届いている。

 南にしてみれば降ってわいた災厄以外の何ものでもないだろう。細い目を真ん丸にしそうな勢いで見開いていた。


「僕、思うんですけど、多分僕の星の預かりになった方が良いと思います。ほら、僕の星って、あんまり積極的じゃないんで、それが一番良いと思いますよ」


 そんな南の様子には構わず、サヒフォンは続けて篁を説得しようとしていた。

 それによって何か変化が訪れるのか? 「決闘法」のレギュレーションでは、ここで篁が降伏を受け入れた場合、それは成立してしまうのか?


 そんな疑問――いや、恐怖といっても良いだろう。

 そんな恐怖に囚われて、南は動けないでいた。そんな中、篁は――


「でも、負けそうに見えないんだけど」


 と、あっさりと反論した。

 ドカン! ボカン! バカン! と相変わらず打撃音が響き渡っているが、やはり傍目には互角にはぐりあっているように見えるから、篁の言う事には説得力があった。


 しかしサヒフォンにも「勝てる」という確信があったのだろう。

 首を横に振りながら、さらに篁を説得した。


「いえ、あれはもう間もなく変化しますよ。昭さんが保つわけはない」

「昭が? あいつは起きてる間ずっと喧嘩してるような奴だよ?」

「それは生身で喧嘩している時はそうかもしれません。けれど、今の昭さんはロボットの中にいるんですよね? そうなるとただ喧嘩してるのとは条件が違うんですよ」

「そうなの?」

「“慣性”……って、ご存じですか?」


 いきなり、といってもいいタイミングでサヒフォンが篁に確認した。

 篁は真顔になって沈黙してしまい、傍らで聞き耳を立てていた南は思わず生唾を飲み込んでしまう。


「……あ~、聞いたことはあるね。あると面倒だって」


 「慣性」については聞いた覚えがある、ぐらいの認識しかなかった篁は、それを思い出すのに時間がかかった。そのために沈黙していただけで、取り立ててサヒフォンの言葉に衝撃を受けてはいないようだ。


 サヒフォンはそれを察しながら、それでもめげずにさらに篁に説明を続ける。


「そうなんです! あると面倒なんですよ。それでこっちの方々は面倒なものをそのままにしておく癖があるようでして、慣性をそのままにしてロボットに乗ることは、非常に危険なのです」

「そうなの?」


 と、サヒフォンの説明を、首を振ることでそのまま南に放り投げてしまう篁。

 それを当然の流れと感じながらも、南はどう答えるべきか、そのひっかりさえも見当がつかない。


 ――その通りだ


 と言って、サヒフォンを欺くべきか。

 いや「セントーAは慣性制御ができる」と推測を決定事項の様に扱って、篁を安心させるべきか。


 いや、どちらにしても嘘をつくことになるから、それがサヒフォンに露見した時どうなるのか? ……結局、何も見当がつかない。


「――それで君はリモコンを持っているんだな! 搭乗することは不利だと考えて!」


 その時、胡乱な声が響く。

 言うまでもなく、ジープで乗り付けたしげるの声だった。

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