昭の努力、サヒフォンの努力
「理解できません」
と、「麺職人」の担々麺を啜りながらサヒフォン。昭の拘りに、まったく理解を示さなかった。
「別にお前の理解はいらねぇよ。それよりも頼みがあるんだがな」
やはり学校には間に合わず、現在は「
今日のメニューは豚天にさやえんどうの胡麻和えだったようだ。
当然、昭とサヒフォンはそれで収まるはずもなく、それぞれが蕎麦とラーメンを啜っていた。
そして篁は食パン一斤に缶詰のあんこをねじ込もうとしている。その内に諦めて、ただあんこを擦り付けるようになるだろう。
テレビが映し出しているのは、改変期によく見る長時間スペシャル番組である。
篁が七津角家に腰を下しているのは、この番組を見たかったから。自分の部屋では母親の昌子と話が合わないことが多いのだ。
そういう状態であるので、同じ部屋に居ながら三人はいつも通り好き勝手に過ごしている。特にサヒフォンは何のために七津角家を訪れているのかはよくわからない。
こうやって一緒に居れば、昭からあれやこれやと話を振られることが多いのに――である。
それでも、今のようにちゃんとした頼み事、と宣言されてから話を振られたことは無かったようで、サヒフォンの麺を啜る音が止まった。
「頼み? 何ですか?」
「お前の持ってきたロボット。ええと、アーコスって言ったっけ。あいつの手を貸してくれねぇかと思ってな」
サヒフォンはまず、ズズズとノンフライ麺を啜り切った。そして、視線を上にあげて何やら確認したようだ。
「――僕がこちらの地球に手助けすることは無いですよ」
「いや、何か代わりの物をよこせって言うなら――」
「そういう事ではなく」
「手だけ貸してくれれば」
「昭は手だけ貸せって言ってるんじゃない? ロボットの」
テレビから目をそらすことなく、篁が二人の行き違いを指摘した。
そこで改めて「手を貸す」という言葉の意味を確認しあう二人。この場合、日本語の表現に真摯であったのはサヒフォンであろう。
だがとにかく、これで話はスタートラインに並ぶことが出来た。
セントーAの手首から先が必要だから、アーコスの「手を貸せ」というのが、昭の頼み事であったらしい。
そういった申し出は今まで昭を考えるなら意外なものと言えるだろう。
セントーAのメンテナンスに関心を持ったこと。そして勝負に人の手を借りようとしたこと。
二つとも昭が思いついたとは思えない頼み事だった。サヒフォンの判断が狂うのも当然である。
今度の侵略ロボは何とか掴まねばならない――という勝負勘がそうさせているのかもしれない。
だが、そういった事情がはっきりしても結局は同じ事であった。
「アーコスの『手』は貸せませんよ。そもそも接続できるのかどうか」
「修理が済んでないんだな」
「直してます。しっかり直してあっても、セントーAに接続可能だとは思えません。いや、接続できたとしても貸しませんが。ルール違反過ぎます」
「そこを何とか」
昭は、よほど「手」を必要としている――というわけでは無く、思い付きで言った言葉を頑強に否定されて、むきになってしまったようだ。
かといって「貸せ」と声高に主張するのも美学に反してしまう。
それでますます昭は珍しい状態に陥ってしまったのだが、そのうちサヒフォンが適切な対応を学んでしまう。
「そんな事より」
「そんな事よりぃ?」
つまり「相手にしない」である。だがそれでもサヒフォンは真面目であるので、そうやって話題を変えた責任をとって、話を広げていった。
「――そんなに『学校』に拘る意味が僕にはわかりませんよ。確かにこの星の学習は非効率そのもですが、昭さんはもう十分な能力があると判断できます」
話を広げるというよりは、話が元に戻った感があるが、確かにこの話題なら昭も無下には出来ない。
昭は啜っていたカップそばを完食し、そのまま黙り込む。そしておかわりを求めて台所へ向かってしまった。
その後に続くサヒフォン。こちらもおかわり希望のようだ。
そこで二人は改めて、鴨南蛮そばとにんにくマシマシを準備する。どちらもカップ麺だ。サヒフォンが出入りするようになって、七津角家の在庫はバリエーションが増えていた。
二人は仲良く湯を注ぐと、ちゃぶ台に取って返した。その際、サヒフォンは技術力を見せつけるように、実に安全にカップを運んでゆく。
「で、だ」
それも終わって、仕切り直しになったわけだが、昭からはそれ以上の言葉は出てこない。南に説明したことは、サヒフォンには説明済みだ。
つまり、あれでは
地球人――というか日本人相手であれば、昭の拘りはニュアンスで通じるのかもしれないが、サヒフォンが理解することは難しい。
「学校は勉強するところじゃないからね」
とうとう食パンにあんこをねじ込むことを諦めた篁が、突然そんなことを言い出した。二人の話と、自家製あんパン制作がもどかしくなったのだろう。
あまりに大胆な、そして明け透けな言葉。
思わずサヒフォンが空を見上げた。
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