きっと二日目、いや三日目
朝方、と強弁するのも難しい午前。何しろ夏であるので、すでにうだるような暑さだ。野っ原であっても、そろそろ陽炎が揺らめき始めている。
そんな光景を見て、南の記憶が呼び覚まされたようだ。
「……そうか……今は夏コミだったわ」
日付的には「お盆」という事になるわけだが、それを「お盆」と認識せずに「夏コミ」と認識してしまうあたり、終了のお知らせである。
南はサファリルックで身を包み、サングラスでしっかり武装している。当然日焼け止めも十分施されているのだろう。簡易テントが作り出した影の中にいるとは言え、油断は出来ない。
改めて説明するまでも無いのだが、ここは富士演習場。
そして再戦の日である。
「夏コミ……話だけは聞いたことがあるね」
そしてなぜか、その場にいる篁。
お盆であるから部活も休みで、暇だったから、という理由で来ているわけではないことを祈りたいところだ。
青色のチューブトップにカーキのキュロット。
頭にはラメフレームのグラデーションサングラス。その上、日差しを浴びながらビーチチェアに寝そべっている。完全にバカンス気分だ。
「多分、開催されてるんだわ……夏コミがそんな簡単に中止になるわけないもの……地球の運命よりも夏コミの優先順位の方が高いとか、ノリで言い出す奴らばっかりだから……」
「行きたいのね?」
「未練はあるわね」
未練がある段階で大概なのだが、それでも南は理性を手なずけたようだ。
だからこそ今、南は富士演習場にいる。それを慰めるつもりなのか篁が続けた。
「でも漫画とかは後から買えるんでしょ? おっちゃんがそんなこと言ってたよ」
相変わらず、しげるは教育に悪かった。
「いえ……夏コミの目的は買いに行くことじゃなくて、出向いて挨拶したり挨拶受けたり、生存確認することの方が大切なのよ。お中元とかお歳暮みたいなもの」
そして南は欲望を糊塗して、もっともらしいことを言い出した。やはり終わっている。
「ああ、そういう風に挨拶大事にするのって、やくざっぽいね」
篁があっけらかんとそれに同意を示す。篁もまた、真っ直ぐには育ってないことは明白だ。
しかしながら、そんな二人でも異常に思う事がある。
それは当然、居丈高に権利を主張するマスコミ各位についてだ。
マジで近付くと危なくなる可能性があるというのに、その警告を無視して決闘予定地に突撃をかまそうとする連中の多いこと多いこと。
それだけならまだ良いが、その中に各国のスパイが紛れ込んでいることは明白であるのに、その可能性をちらとも考えない想像力の無さは致命的だった。
今回の再戦に向けて、日本政府はその様子を配信すると宣言していた。
だから、余計なやっかみは遠慮してくれと要望していたのだが、それで大人しくなるようなものではない。
各国のスパイ衛星が勝手に富士演習場を中継するに違いない。それなら見せてしまおう、という発想はある意味で正しかったのかもしれないが、賭ける対象が地球の運命となると……。
「とりあえず、大手に関してはお灸が効いたみたい。ただ小さいのとか、フリーとか、外国のプレスは効果が薄いわ」
スマホで何や操作しながら、篁に言い訳っぽく説明するが、あまり周囲が静かになったようにも感じられない。
これはいよいよ実力行使か? 問題になっても50パーセントで、そんな問題が些末なことになってしまうかもしれないのだ。
いや実際には50パーセントもあるかどうか……。
そんな事を考えていた南の耳に、実力行使の擬人化の声が届いた。
「――何でいつかわからないんだよ!? 何だてめぇらは!!! どけーーーー!!!!」
恐らくだが、手当たり次第に殴り飛ばさなかっただけマシな方なのだろう。
しかし、その溢れんばかり暴力の気配だけで、あれほど傍若無人だったマスコミ各位がドン引きである。
そこにしげるが「おかわり」を解き放った。
「我が息子よ! これがマスコミ族だ! こういう時に『教養』ある者はこう言う! 『私は学界に復讐してやるんだーー!!!』」
あまりにもな七津角親子。
狂人を制するは狂人、を地で行く対処法である。
「――サヒフォンくんのこと、よく我慢してくれたわ。ありがとう」
例の原色バリバリの防護服姿で近付いてきた昭に、南はそう話しかけた。
元々、荒くれどもをまとめる職業であるので、そういった機微を扱うのは十八番なのである。
「そりゃ、あんたが先に言っちゃうと出来レースって言われるからって……」
南の狙い通り、礼を言われたことで昭の怒りはクールダウンしていた。そこで南は肩をすくめながら改めて、昭を宥める。
「――宇宙常識がかなりいい加減なのはわかってたでしょ。時間を守るという感覚が希薄なんだわ」
「それは、何となくわかるけどよ……いやそれの他にクソ親父が余計なこと言い出して」
「余計……『教養』の方面?」
「まぁ、そうなんだろうな。セントーAに乗り込むためのシー何とか……」
「多分、シークエンスね」
「それだ。それが足らないとか言い出して、それを『やってみてくれ』とか言い出して」
「やってみてくれ? ああ、もしかしたらグレンダイザーを考えているのかも」
しげるの溢れんばかりの「教養」。
先ほどの「学会」発言もあって、さらにマスコミはしげるに蹂躙されていた。それもまた「教養」目くらましになっている。
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