ロボット戦なんかにゃ情けは無用

 その驚きの声は誰が上げたものだったのか。

 声を上げたものが、複数いたのか。


 そこは判然としなかったが、声を上げてしまった心境は察して余りある、と言っても良いだろう。

 何しろアーコスの籠手状の追加装備と元々の腕との隙間から、ウネウネと触手が滲みだしているのだから。


 まずそういった光景が生理的に受け付けない。

 それにロボット同士の決闘だというのに、こういったやり方は許されるのだろうか? という戸惑い。


 それらが混ざり合って、驚きの声を上げるしかなくなったというわけだ。


 ――こういったやり方。


 籠手からにじみ出ている触手のようなものは、生物ようなものではなく、蛇腹関節であることは、遠く離れていても見て取れる。

 つまり籠手から数本のマニピュレータが生えてきて、それらがセントーAの腕を這いずっているわけである。


 では、そのマニピュレータが何をしているかと言えば、


「こうやって端から、バラバラにしてゆきます」


 サヒフォンが自ら解説してしてしまったが、それが狙いなのだろう。

 見物人はそういったサヒフォンの意図まで、触手を見た瞬間察してしまったというわけである。


「そ、それは許されるのか? 『汎宇宙公明正大共存法』に違反していたりはしないのか?」


 しげるが胡乱さを引っ込めて、サヒフォンに問いただす。

 ロボット同士の殴り合いがレギュレーションであるなら、どう考えても触手でバラバラにするという戦い方が許されるとは思えないからである。


 それが許されるなら、決闘に巨大ロボを用いる必要性が無くなってしまう。

 しげるとしては、それは真っ当な抗議であるという自信もあったのだろう。


 だがサヒフォンは慌てることなく、


「違反していたなら、もうこの段階で停止するように通達があると思うんですよね。ですから、僕のやり方は違反ではないようです。それにアーコスがあってこそ、効率的にバラバラにできるんです」


 と主張した。


 確かに、アーコスの体でセントーAを保持できているからこそ、触手が効率的に作業を行えるという事実は否定できない。

 単純に触手を投げつけたりでは、セントーAの体に触れることも難しかった可能性は高いのだから。


「ですから、あの蛇腹関節のマニピュレータはアーコスの武器であると――そんな判断になったのでしょう。僕もそれは妥当な判断だと思います」

「ぬ、ぐ、だ、だが! それはあまりにも格好良くないではないか!」


 サヒフォンの主張に対するは、あまりに主観的なしげるの反論。

 まるで駄々っ子である。改めて考えるまでもなく説得力は無いし、それに何より見苦しかった。


 そんなしげるに追い打ちをかけるように、サヒフォンの口撃は終わらない。


「格好悪いと仰るなら、そもそもセントーA自体が格好悪くなってゆきますよ」

「それこそ君の主観ではないか!」

「最初から格好悪いとは言っていません。セントーAは僕が何もしなくても、やがて壊れていたことは確実なんですから」

「何?」


 と、しげるが言葉に詰まったことが合図だったかのように、


 ズシィィン……


 と、重い響きが周囲を圧した。

 ロボット同士の激突ではない。言ってみればそれは、地球とロボの激突。


 もっと細かく言うなら……。


「な、何かが落下している!? もう分解されたって言うの?」


 南の言う通りであった。

 確かに、アーコスとセントーAが向かい合う、その中央に湾曲した「何か」が落ちているのだ。


 地面からそれが生えてくるわけは無いので、それはロボットの一部ではあるのだろう。そうあたりをつけて再びロボットに目を向けると――


「あ、親指が落ちてるね。昭が乗ってる方のロボットの」


 篁の指摘通りであった。

 アーコスのマニピュレータはさっそく仕事を果たしたらしい。


 皆がそう考えるのも無理はない。

 だが、それをサヒフォンが否定した。


「確かに、最後の一押しをしたのはアーコスのマニピュレータです。けれど、あの親指は前から接続がおかしかったんですよ。激突の際の異音がそれを証明していますし、技術者ならばしげるさんもそれはわかっていたのでは?」

「え?」


 と、南がそんな声を上げたのは、いかなる理由によっての事か。

 セントーAの親指が外れかかっていたことについてか。それとも、サヒフォンがしげるを技術者だと考えている事なのか。


 しげるにはロボット工学的な知識はない。

 それははっきりしているのだから、親指の件はともかく、すぐさましげるから胡乱な反論があるかと思われたが……。


 しげるは沈黙していた。

 いや、それどころか苦渋の表情を浮かべていた。それを見た南が反射的に声を上げる。


「ど、どう言う事です? 七津角さんはセントーAを設計したわけでは無いのでしょう? それなのに、どうして……」


 そんな顔になるのか。

 何かがおかしい。いやそうではなく……しげるは何かを隠している?


 それはサヒフォンを騙すためではなく、何か……何か都合の悪いことを指摘されたと。そう考えた方が、しげるの表情を説明できるのではないか?


 そう南が思い至った時――


 ガコン! ズドォーーーン!!……


 先ほどとは比べ物にならない、鈍く重い響きが殺到してきた。そして同時に地響きも届く。

 明らかな異音。いやそれは破壊音であると言い切ってしまっても良いだろう。


「あ……あ……」


 南は言葉を失う。

 いや言葉を失ったこちらの地球人は南だけではない。


 全員が呆けたように、口を半開きにしていた。


 何故ならその視線の先には――


 ――肩から左腕がもがれたセントーAの姿があったのだから。

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