異様な手応え

 実はその飛行物体が、人間の形をしているといち早く認識できたのには理由がある。何しろその飛行物体には顔がついているからだ。

 フルフェイスのヘルメットをかぶったような頭部であり、そのバイザーを上げたような状態、という説明が一番近いのかもしれない。


 そう考えてみると、侵略ロボの全身はライダースーツを着ているように見えてくるから不思議だ。いや、せめて宇宙服を着ているようだと表現するべきか。

 凹凸の少ない鈍い青銀色のボディ。手袋とブーツに相当する部分は濃い灰色といったカラーリングだ。


 ベルト部分は銀色であり、頭部のヘルメットと胸部は赤でカラーリングされている。その部分は装甲も施されているようだ。そして胸の中央にはエンブレムのようなものが見える。


 そういった姿形の侵略ロボが両腕を横に広げて、悠々と南の空から飛んでくるわけだ。人の形を模したモノだと気付かなければ、Tの字型の飛行物体と認識されていただろう。


「よっしゃあ! さぁ、やるぜ!!」


 すぐさま、その飛行物体を敵だと認識した昭はセントーAの両手首を胸の前で打ち合わせた。戦闘前のルーティーンは健在である。


『しかし、どこから……いや、今更そんな報告されても――』


 さすがにプリカスは落ち着きを失っているが、昭が反射的叫んだ。


「そんなことは後回しだ! アイツが降りてこなかったら、そっちの方がややこしくなる!」

『――! その通りだ。確かに上から攻撃され続ける危険性はある』


 危機を目の前にしてプリカスは優先順位を設定し直すことが出来たようだ。矢継ぎ早に職員たちに指示を出してゆく。

 その中にはもちろん「侵略ロボはどこから現れたのか?」という調査も含まれていた。何もかも捨てていいという話ではない。


 このまま侵略ロボが降りてこないとなれば。追加武装を用意しなければならなくなる。その手配の優先順位が繰り上がっただけだ。

 前の戦いで使用したロケットの準備が行われることになるだろう。


 しかし飛んできた侵略ロボは、そのまま悠然とセントーAの前に着地した。胸を張って「さぁ、かかってこい」と言わんばかりの姿勢だ。

 表情、というか口もへの字口でセントーAを見下しているように思える。


「上等!!」


 昭もまた不敵な笑みを浮かべ、そのまま侵略ロボに殴りかかった。

 以前とは違い、腕と脚が正規の位置に戻ったセントーAの機動力は跳ね上がっている。一瞬で間合いを詰めた。


 対する侵略ロボは迎撃を試みるように両腕を構え、背中を丸めるようにして前屈みになった。その動きはスムースで、こちらもまた人間らしい動きを再現している。


 しかしそれは、戦い方が昭が馴染んだ喧嘩に近付くという事。元々、躊躇という言葉を捨ててしまっている昭だったが、侵略ロボの動きを見た瞬間、闘争心で心を染めてしまった。


 それでも昭は抜群のバランス感覚で、十分に重さの乗った右手首を侵略ロボに突き出す。それを侵略ロボは突き出した腕でさばこうと試みるが――


 ゲィン……


 演習場に何ともいやな粘着質な音が響いた。

 いや響いたという表現が正解であるのかどうか。好意的表現を試みるなら「ゼリーを叩いたような」ぐらいがせいぜいだろう。


 ちなみにそんな音を発したのは侵略ロボの左頬だ。つまり侵略ロボは全く防御できなかったという事になる。

 セントーAの右ストレートをもろに食らっていることになるのだから。


 だがそれが有効打になっているかと問われると何とも判断できない。何しろ殴った昭自身も、妙な手応えフィードバックのせいで動きを止めてしまっている。

 喧嘩の最中なのに昭がこうなってしまうという事は、違和感以上の「異様」を感じたのかもしれない。

 

 そしてその「異様」から逃げ出すように、セントーAはバックステップで侵略ロボと距離を取った。


「何だぁ……てめぇ……」


 昭の低い声が演習場の地面を這ってゆく。


             ~・~


「出現位置、というか発見されたのは海から出てきた直後ですね。ほぼ同時に連絡が入っていたようですが、通報が遅れたのは意表を突かれて戸惑ってしまった事が原因のようです」


 職員の報告にプラカスは鷹揚に頷いた。

 視認でしか位置は特定出来ないだろう、とある意味割り切った心構えであったので、報告された状況はすぐに想像出来たようだ。


「しかし……そうか、相模湾か。あそこならロボットを潜めるのに適しているとも言えるな」


 しげるもまた、その報告に納得している。プラカスは「相模湾」という単語が出てくる理由がわからなかったので、しげるに説明を求めた。


「相模湾の位置は……ああ、そこに地図を映し出してくれ。これでわかる通り相模湾はこの富士演習場からさほど離れていない」

「それはわかります」

「そして相模湾は、遠浅の全く逆。いきなり深くなっている。これは迂闊だったな。私が秘密基地を作るなら、この相模湾は候補に入れるべきだった」


 迂闊であることに間違いないが、迂闊さを感じる方向性が相変わらずずれたままのしげる。そこでプラカスはその発言のエッセンスだけを抽出する。


「ですと異星人はすでに前線基地を作っていると? それも相模湾に?」

「いや、さすがにそこまではわからんよ。私が作るなら、という前提であるし。異星人が果たしてそういった『教養』を備えているかと問われれば……」


 備えていないだろう。異星人はきっとしげるよりは真剣に生きているに違いない。

 しかしそうなると――


「では海の中で、何をしていたんでしょう? そもそも相模湾が目的だったのかどうか」


 プラカスは自分自身に問いかけた。

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