宇宙は争いに満ちているらしい

 とりあえず篁がムラシンを連れて現れた理由ことについて整理しておこう、となった。


「お母さんが言うには、昨日引っ越して来たって言うのよ。105号室ウチの隣に」

「お前のとこの隣は空き部屋だったよな?」

「だからそこを借りたんだろうって話」


 何かを諦めてしまった篁は七津角家に入り込んで、音楽番組を見始めている。目当てのグループの出番までは、ある程度は受け答えもしてくれるようだ。


「で……どういうわけか私が案内することになって、お母さんもそう言うものだから……」

「何でだ?」


 と反射的に答えるものの、昌子が言ったからには、従うしかないだろうと昭もそれについては深く考えないことにした。元々、ムラシンには聞きたかったこともある昭は、そのままムラシンへと質問の矛先を変える。


「どうしてその娘に拘るのかって話? そんなのこの娘が美しいからに決まってるじゃない」


 ムラシンは元気一杯だった。どうやら体調は回復したらしい。しかし精神こころの方はおかしな状態らしい。

 昭は思わず篁を見遣るが、篁はテレビを見ながらシッシッとその視線を追い払う。七津角家に着くまでにも、そんなことを言われてきたのだろう。


「こっちの人間に偽装する必要性があったからね。あたしも頑張って美しさを追求したんだけど、その娘には負けるよ。改めてあんたと接触しなくちゃって、調べ直したんだけど、こんなことならさっさと調べておけばよかった」


 昭の視線は今度はサヒフォンへ。サヒフォンは肩をすくめるだけで、積極的に会話に加わろうとはしてくれないようだ。大皿から麻婆豆腐を掬っている。


 援護は見込めないと諦めた昭は、改めてムラシンの発言を思い起こしてみた。するとすぐさま気になる点を発見する。


「偽装? 偽装って言ったよな? それって何か化けてるって事だろ?」

「そこもわかってなかったのかい? 見ててご覧」


 言うが早いがムラシンは濃紺のスーツ姿から、見知った赤のツナギ姿に着替えた。いや着替えたのではなく服をそういう風に変化させた、という事になるのだろう。

 正座姿のままで、そういった変化が可能である事は凄いというか何と言うか。


 そういった変化は服だけでは無く、身体全体にも施せるのだろう、と昭は解釈することにした。何度も殴り合い戦った相手でもあるし、その辺りは感覚でわかる。

 となると次に湧きあがってくる疑問はこういうものにならざるを得ない。


「――お前のとこの星は、みんなそんなことが出来るのか?」

「シェソ星の大半はそうだね。本星では違う」


 流れるままに出てきた疑問だったが、どうやらクリティカルだったらしい。我関せずを決め込んでいた篁でさえ「本星」という単語には反応するほどだ。


 ムラシンはサヒフォンとは違って、リクエストされるまでもなく、自分たちの星の事情について説明を始めた。

 まず「本星」があり、それはかつてサヒフォンが言ったように「地球」と呼ばれているらしい。その「地球」が植民惑星として開拓したのが「シェソ星」という事だった。


「“シェソ”ってのは、こっちでは“2”って意味だからね。まったく本星の奴らはわかってないよ」

「つまりムラシンはそのシェソ星に住んでた連中の子孫ってことか」

「違う違う。あたしらは開発のために作られたんだよ。そうなると生まれはやっぱり本星になるんじゃないのかねぇ」


 自分でもよくわかってないらしいムラシンが、頼り無く自己分析してみせた。

 当然、昭も篁も首を傾げた。つまりムラシンもまた作られた存在――ロボットなのか? という疑問を抱いたのである。


 しかし、この説明でムラシンが訴えたいことは別だった。


「いいかい? これでわかっただろう? うちの星はねぇ。『汎宇宙公明正大共存法』が施行される前からブイブイ言わせてたって事なんだよ」


 どうやら「愛星心」みたいなものはしっかりと持っているらしい。それも自発的な。

 その様子からは「作られた」ようにも思えず、結局昭と篁は、


 ――「宇宙って広いんだな」


 で、納得しておくしかないだろうという判断になった。


 逆に、納得できなかったのはムラシンの方だ。サヒフォンに向けてゴロを巻いている。


「何だい!? あんた何にも説明してないのかい?」

「説明する必要は認められません」

「まったく優等生ちゃんはよぉ」


 宇宙は宇宙で何かしらトラブルの種が転がっているようだ。だからこそ「汎宇宙公明正大共存法」なんてものがあって、決闘が運営されているのだとも言える。

 それでもきっちり日本語で良い争いしてくれる分だけ、まだ穏やかなものかもしれないと昭は納得することにした。


 他にムラシン絡みで納得出来ていない事柄は山ほどあるのだ。宇宙の事情については勝手にやってくれ、という気持ちもある。

 昭は改めて六十苅むそがりとの会話で抱くことになった疑問を、ムラシンにぶつけてみた。


「お前は俺と戦うために来たんだろ? それが何で『亞羅刃罵アラハバ』なんぞと組むことになったんだ?」

「ああ、それかい? って言うか、あんたがそれをわかってないとはねぇ」

「俺が?」

「まぁ、その辺はいいさ。改めて調べてみると、思った以上にわかってないらしいことがわかってきたからね。その辺も含めてしっかり説明してやるよ。それが、あたしの役目になるからね」


 サヒフォンが居住まいを正す。

 まるで身震いするかのように。

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