隣人が増えるよ
実際問題として、セントーAの「引っ越し」は戦う事よりも難しいのだろう。プラカスとしては、目覚めた昭に確認したいことがごまんとあるに違いないのに、未だ直接話をすることも出来ないでいた。
海底火山から溶岩にボディごと突っ込み「手」を発見した、などという“にわか”には信じられない昭の話を、腰を据えて確認したい。
そういう気持ちがあることは、モニター越しでも強く伝わってくるものだ。
しかし、ままならぬ理由に演習場と昭の地元との距離があることは間違いなく、ならば引っ越しについて目途を立てておいた方が結局は効率的なのでは? と最優先事項も決められないまま一週間が過ぎようとしている。
当然その間に昭は、登校を始めている。元々、学校には馴染みのない昭であったので、それだけで生活のペースは簡単に元に戻った。
しかしそれでも、一連の騒動で生じた綻びは必ずある。
「
校舎裏の自販機前で、
「ああ、跡目とかそういう話にもならなかったのか。消えてなくなったんだな」
缶コーヒーを呷りながら、昭が応じる。
「元々、小さなチームだったしな。歴史も何もない」
六十苅にすれば「残った方が驚きだ」ということなのだろう。
その行く末は納得できるが、昭が引っかかっているのは「どうして異星人がそんなチームに混ざっていたのか?」という点だ。
改めて考え込みそうになった昭だが、面倒になってすぐにやめてしまう。サヒフォンの見解では、ムラシンが
「ただグロサタの方はなぁ……」
昭が考えている間にも六十苅の報告は続いていた。昭もすぐに意識をそちらに向ける。
「頭がやられたんだよな? 普通は……引退か」
「ああ。法上院は引退するって宣言したんだけどよ。その跡目を巡ってちょっとヤバいことになりそうなんだ」
思わず頭を掻く昭。ムラシンが「GLORY SATAN」に殴りこんだ後の顛末を考えれば、納得できる展開ではある。
恐らく、殴り込みの際にムラシンがやってしまった幹部に、後継者の最有力候補がいたのだろう。
「――で、
「俺の首を取って、それでグロサタの頭になるって寸法か。わかったよ。
六十苅がそれを聞いて、意外そうな表情を浮かべた。昭が気遣うような発言をしたのだから無理もないだろう。
「……ああ、こっちは大丈夫だ。なんかおかしな話になってるがな」
「おかしな?」
「今回、異星人が好き勝手やらかしただろ? それで市内の高校だけでも団結しねぇか、って話になっててよ」
「はぁん?」
昭が上体を反らしながら声を上げた。同時に「確かにおかしな話だ」と納得してもいる。六十苅は恥ずかしいのだろう。缶コーヒーを呷る手が赤くなっているのは、寒さだけのせいではないはずだ。
その様子を斜めに見ながら昭は再び考え込んだ。セントーAの引っ越しと妙にかぶっているな、と。どこからか情報が洩れている? と似合わないところまで想像が及んだが――結局いつものように投げ出す。
「まぁ、好きにやってくれ」
「ああ……その方がらしい」
昭と六十苅はお互いに苦笑を浮かべる。とにかくこれでムラシンが乱しまくった地元の勢力図については一段落といったところである。
~・~
それから数日後――
すっかり、いつもの状態に戻った「路傍文化」の七津角家では、昭とサヒフォンが夕食を摂っていた。
気温も下がってきたので、今日のメインは麻婆豆腐。それに酢の物とチャーシューのであった。肉分を強引に補充したような形である。
いつものように昌子が用意たもので、麻婆豆腐に関してはタッパにまだおかわり分が残っていた。
昭とサヒフォンは取り分け用のレンゲを奪い合いしながら箸を進めているので、確かにおかわりは必要になるだろう。
二人は麻婆豆腐が載せられたラーメンの話になり、そこから以前サヒフォンが要求していた二郎系のラーメンはどうだったのか、などと相変わらず麵の話しかしていない。
そんな七津角家に来客が現れた。ブザーの音が響く。
「おう。誰だ?」
ブザーの具合から篁では無いと判断したのだろう。しかしブザーを押したのは篁だった。
「私よ。それでややこしいことになっててね。入るわよ」
ドア越しにそう言って、篁はドアを開けた、オレンジ色のフリース素材のパジャマ姿であり「路傍文化」からは外に出ていないことが窺えたが……
「来たあげたわよ。ええっと『お邪魔する』って言うんだっけ? 言ったから邪魔してもOKみたいな?」
篁の後ろには抜群のプロポーションに濃紺のスーツを纏った女性がいる。そして長い黒髪、紅い唇。つまり――
「ムラシンか!」
昭の言うとおりである。篁の後ろにいたのはムラシンであった。
ムラシンが昭の前に現れるのは半ば予想された事だったが、篁が先導してる意味が分からない。
それは篁も同じのようで、昭に向かって文句をつける。
「そうなのよ。私関係無いって言ってるのに……とにかくこっちで引き取ってくれない? 見たい番組があるのよ」
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