1、2、3でキメてあげる

 ダメージを与える方法は殴るだけではない。もちろん蹴れば良いという話でもない。


 セントーAはいったん侵略ロボと間合いを取る。そのまま脱力したかのように肩を落とした。一瞬――


 セントーAのボディが揺らめく。大地を削る音が響き、いつの間にかセントーAは侵略ロボの背後に回り込んでいた。

 元々、動きは鈍かった侵略ロボである。そこまでは「容易い」と言い切ってしまっても良いだろう。


 そしてセントーAは侵略ロボの背後から組み付いた。レスリングではよく見る態勢だ。

 だがここからが難しい。何しろセントーAには手がついていない。


 いわゆる「クラッチ」が不可能なのだ。

 両腕で侵略ロボの胴を目一杯挟み込むしかない。すぐに逃げられる可能性も高い。


 それは昭も承知の上だ。腕で挟み込んだ瞬間、そのまま背中側に倒れ込んだ。

 勢いに任せて、強引にスープレックスに持ち込む考えだったようだ。これをとっさの判断で実行できる昭の戦闘センスは、やはり大したものなのだろう。


 指揮所でも、思わず職員たちが「おお!」と声を上げていた。

 今までは何とももどかしかったが、さすがにこれならダメージを与えられるのでは? と思ったに違いない。


 実際、セントーAの放ったスープレックスは「投げるのではなく、落とす」という理想の軌跡を描いていた。

 ここまで来ると昭の戦闘センス以上に、それに応えることが出来るセントーAのポテンシャルも讃えるべきだろう。


 ――ゲダジョン!!!


 今までとは違う打撃音が響く。侵略ロボがいくら軟体であっても、頭から落とされれば、ダメージを受けざるを得ないのだろう。

 何しろ地球だいちによって、力の逃げ道を塞がれている。


 スープレックスを放ち終えた姿勢の説得力。さらには余韻を残す打撃音。

 思わず、


 ――勝った


 と思ってしまうのも無理は無いだろう。


 しかしこの時、昭一人だけが違和感を覚えていた。あまりに抵抗が無い、と。


 確かにセントーAの放ったスープレックスは超速だった。だがそれでも投げられている最中は何かしら抵抗があって然るべきなのである。


 手足をバタバタさせる。身体を捻る。重心を落とす。


 そういった反応が全く無かったのである。特に軟体なのだから、身体を捻るという抵抗は昭も予想していたのだ。

 それが全く無いとなれば――


(誰も乗ってない?)


 昭はスープレックスを放ち終わった姿勢のまま、そんなことを考えていたのである。


 しかしそれも一瞬の事だった。それどころではない事態が発生したのだ。

 逆さまになったままの侵略ロボが溶け出したのである。いや――


『形を保てなくなった?』


 脇の下の機器からプラカスの声が漏れ出した。

 それが合図だったかのように。セントーAは左側に転がり、その反動で膝立てになる。脇が上がった状態でそれを行ったので片方の情報収集機器はもうダメだろう。


 こうなると両脇に挟み込んでおいたのは正解であったかもしれないが、その戦訓を得た戦いはこれで終わりになるかもしれない。


 何しろセントーAの目の前で、侵略ロボの様子は確かにおかしくなっているのだから。もう人型には見えない。


『これは……勝った?』


 片方の機器から、南のそんな声が聞こえてくる。確かに侵略ロボはこれ以上の戦闘は不可能に思えた。つまりそれは……


「いや、待て」


 油断なく侵略ロボの様子を見ていた昭が厳かな声で告げる。侵略ロボは今、人型ではないがとしていた。

 人型のまま起き上がろうとしているのでは無い。ひっくり返ったままで、上下を入れ替えようとしている。


 侵略ロボの様子を説明するなら、そういった表現が最も適していることになるだろう。それを少しでも馴染みのある動きに置き換えるなら、後ろ前に着てしまった服を、着たまま修正しようとしている――そんな感じだ。


 人型を失った侵略ロボが、再び人型を取り戻してゆく。そして昭は、そんな侵略ロボから戦意が消えていないと判断した。


 こうなってしまうとスープレックスにどこまで効果があったのかは怪しいところだが、殴るよりはマシだろう。ダメージが全くないとも思えない。


 セントーAは膝立ての姿勢から中腰に。そしてそのまま侵略ロボに組み付こうと力を溜めた瞬間――


 数回しか体験していないが、忘れることが出来ない「音」が響き渡った。「音」の定義からは外れた、しかしながら「音」としか表現できないそれは「決闘法」の運営から齎させる合図。


 そして、この状況で合図が放たれる意味は……


『戦闘終了だと? いや、確かに長時間戦ってはいたが……』


 しげるの呟きが地球人たちの本音を代弁していた。「音」の影響で一瞬動きを止めていた昭も、納得いかなかったのだろう。

 そのまま侵略ロボに組みかかろうとする。


 が――侵略ロボはその場から浮かび上がり、そのまま南の空へと飛び去ってしまった。両腕を大きく横に広げて。


「なんだぁ、てめぇ! またこのパターンかよ!! 降りてきやがれ!!」


 そしてセントーAは空を飛べない。

 サヒフォンが駆るアーコス戦との初戦と同じような光景が繰り返されるだけだ。


 つまり、


『引き分け再試合だな』


 プラカスの状況把握が正しいという事になる。

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