第2話 モンスターをテイムしよう
待ち合わせ場所の喫茶店に向かうと、犬飼ちくわがいた。
格好はかなり地味な服に着替えていたし、黒ぶち眼鏡でかなり印象が変わっていたが、彼女の可憐さは隠しきれるものではないので、間違いなはずがない。
「お待たせ」
「優斗! ありがと、急でごめんね」
「いや、まあいいんだけど」
子犬を彷彿とさせる人懐っこい笑みで、彼女は俺に走り寄ってくる。そう「犬飼ちくわ」の本名は「犬飼愛理」――つまり、俺の幼馴染なのである。
「それより、研磨石って何だよ」
「えっと、そんなにレアな素材じゃないんだけど――」
彼女が言うには、売値もそこまで高くないし、ありふれている素材らしい。たださっきの配信で手に入れた物を使えるように加工する為には、かなりの数が必要になるらしかった。
「普通に一回探索したら10個くらいは手に入るんだけど、それを二十回も繰り返すとなると……だからお願い! 一緒に回って採取を手伝って!」
二人で手分けすれば、すぐに集まるという事らしい。だが、それには問題があった。
「いいけど俺、探索者登録してないよ」
そう、ダンジョンにもぐるには探索者として登録しなければいけない。救護保険だとかそういう物もあるし、色々と面倒なのだ。
「大丈夫! ボクが殆どやっておいた! あとはサインするだけだよ!」
そう言って愛理は数枚の書類を取り出す。そこにはいくつか鉛筆で丸が付いており、そこに名前を書くだけで終わりそうだった。
促されるまま「篠崎優斗」と自分の名前を記入して、愛理に返すと続いてQRコードの表示されたスマホを見せられる。
「はい、じゃああとこれ読み込んで、アプリ入れたら自分のスキル確認できるようになるから」
そう言われて、俺は自分のスマホにアプリを入れる。プロフィールとかは全部事前に入力してあるようで、その中にある「ステータス」の項目をタップする。だが、そこには何も書かれていなかった。
「え、なんも書かれてないけど」
「そりゃ今はまだ探索経験ないもん。でも大丈夫、行動記録がついてて、その傾向から最適なスキルが付与されるようになってるから」
「ゲームの熟練度みたいな?」
「ま、それが近いかな? 下手に向いてないスキルつけると思わぬ事故につながるから、こういう形になってるみたい」
「ふーん」
まあ、そんなに本格的に探索者をするつもりもないし、べつにいいか。
そう思って俺はスマホをポケットに入れて立ち上がる。
「じゃあ、いくか。夜にはスパコメ読み配信するんだろ?」
課金して付けられたコメントには、反応しなければいけない。配信者の不文律である。それをするためには、あと数時間しか余裕がないわけなのだが、間に合うのだろうか?
「うん、とりあえず50個も集まればいいかな」
愛理が言うには、一周自体はすぐに終わるものの、別のダンジョンへの移動時間なども考えると、三つほど回るのが精いっぱいなようだ。
「一晩寝ないで集めればギリギリ200個集められそうだけど……それは付き合わせるの悪いしねっ!」
「……お気遣いありがとうございます」
それに付き合わせられるとしたら、流石に断っていたかもしれない。
――
「そう言えば採掘用アイテムとか防具は?」
バスでの移動中、ふと気になったことを愛理に聞いてみる。考えてみれば、防具や武器になるものもなしに、ダンジョンにもぐるなんて自殺行為だし、ピッケルのような物もなくては採掘は出来ないだろう。
「大丈夫、初心者用に配られるよ。ボクは自分の物をZETのクラウドストレージに入れてるしね」
そう言って愛理はスマホのアプリ画面を見せつけてくる。そこにはいくつかの装備とピッケルやスコップといった採集用のアイテム名が並んでいた。
「へー、さすがZET」
「でしょー?」
ゾハル・エンジニアリング・テクノロジー略してZET、ある程度の物質を情報化してクラウド保存する技術だ。さすがに生き物は出来ないが、この技術のおかげで、物流の問題が解決されたのは記憶に新しい。
俺と愛理はそんな話をしながらバスを降りて、ダンジョンの入り口に到着する。書いた書類を受付に提出すると、スマホと同じくらいのタブレットを渡された。
「これは探索者の識別票と、採集用道具が格納された物理ストレージです」
識別票には「篠崎優斗」という名前と、ナイフにプロテクター、採集用道具、そして空き容量が表示されていた。どうやらこれが中身という事らしい。
「まあ容量すくないけど、ダンジョンに持って行けるのはこの物理ストレージだけだからね」
言いながら、愛理は彼女の識別票にデータをダウンロードさせている。クラウドが倉庫で、物理が手荷物みたいなイメージなんだな、俺はなんとなくそう思った。
「よし、じゃあ装備を展開しよっか」
ダンジョンの入り口をくぐったところで、愛理はタブレットを操作する。すると彼女の手にピッケルが現れた。
「防具は付けないのか?」
配信中は、目立つ上にファンシーな装備を身に着けていたが、今は普通の服装のままである。少々不用心じゃないだろうか?
「あ、大丈夫大丈夫、あれは配信用の衣装だし、ZETの技術で装備してる効果だけ受けられるんだ。まあダンジョンの中限定だけど」
ほう、何とも便利である。そう思いながら俺はタブレットを操作して、全身の防具装着と、ピッケル呼び出しを行った。
「なんか変な感じだな」
「あはは、ボクも最初はそうだったな。でも慣れるよ」
話をしつつ、タブレットからマップアプリを起動して、ダンジョンの全体を把握する。地図を縦に分割して、左方向が愛理、右方向が俺の担当になった。
「採取場所はARカメラで把握できるし、同定もしてくれるから――あ、そうそう、あと、初心者用だから大丈夫だとは思うけど、危なくなったら逃げてね」
「ああ、分かった」
そう言葉を交わして、俺達は二手に分かれる。
――
ダンジョン配信をよく見ていたので、知っていた気になっていたが、実際のダンジョン攻略は随分地味だった。攻撃的な魔物もそう多くないし、ARカメラ越しに見ると、危険度Fとか書かれた情報がそこかしこに浮かぶ。
俺はその中で「採掘ポイント」と書かれた場所に向かってピッケルを振り下ろしてはストレージに研磨石を入れていく、副産物で少しの青色をした鉱石が取れるので、それもついでに入れていく。
どうやら種類ごとにアイテムはスタックできるようで、20を超える研磨石の容量は、想像以上に小容量だった。
うん、これなら50個くらい結構簡単に集まるかもしれないな。
俺はそう考えながら次の採取場所を探していると、ARカメラに赤色のアラートが表示された。
何かマズい事を直感的に感じて、俺は走り出す。すると後頭部を何かが掠めて行った。
「っ……! 何だ!?」
驚きと共に振り返ると、視線の先には小型の哺乳類がいた。モグラのようでもあり、兎にも見えない事は無い。とりあえずわかるのは前足の長い爪で引っ掻かれると痛いでは済まないだろうという事だ。
魔物――。
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、反射的にナイフをストレージから取り出していた。初心者用の装備と聞いているので、強力な効果があるとはとても思えないが、採取用のピッケルよりはマシだろうと判断した。
よくわからない魔物は、威嚇を続けている。ナイフ自体は想像よりも刃渡りがあってありがたいが、それ以上に初めての命のやり取りが、こんな場所で発生してしまったことに、俺は動揺していた。
「っ、うわああっ!!!」
声を上げて、ナイフで切りかかる。魔物はすばしっこい動きで俺に向かって爪を伸ばしてくる。相手が俺に攻撃をする意志があるのは明らかで、爪が喉元めがけて真っ直ぐに迫る。
「ピギッ!?」
まっすぐに迫っているという事は、軌道が読みやすいという事で、俺は幸いにもその軌道にナイフを差し込むことができ、魔物に致命傷を与えることができた。
「はぁ、はぁっ……」
怖かった。まだ心臓が脈打っている。
俺は何とか呼吸と心音を落ち着かせつつ、ぐったりと動かなくなった魔物の様子を見る。まだ息があった。
「っ……そうだ。ARカメラ!」
さっきまで色々な情報を表示してくれていたのだ。この後するべきことを教えてくれるはず――!
そう思ってタブレットのカメラを起動すると、魔物の名前といくつかの情報が表示される。
名称:モーラビット 状態:瀕死
採取可能素材(死亡時):小さな毛皮、モグラの爪、尖った牙
テイミング:可
殺せばいくつかの素材が手に入るようだけど、俺自身そんなにダンジョンにもぐるつもりは無いし、特にこんなところで手に入る素材なんて、たかが知れているだろう。
むしろ、今息絶えようとしている存在を前にして、とどめを刺すのもなんかかわいそうな気がする。なので、テイミングという物をしてみようと思う。
テイムは飼いならすっていう意味だし、少なくとも殺すなんて事よりはマシなはずだ。俺はそう思ってタブレットのテイミングと書かれたボタンをタップする。
「うわっ!?」
すると、魔物が緑色の光に包まれて、その光が収まると先程の元気な姿で再び現れた。しかし所々に発光する機械が取り付けられており、全体的に柔和な感じの印象を受ける。
テイミング成功
名称:■
タブレットを見直すと、こんな表示とキーボードが表示されていた。どうやらテイム成功したから名前を入力しろ。という事らしい。
名前なあ……モーラビット、モーラビット……
しばらく考えた後、俺はキーボードでフリック入力をする。
「モビ」
モグラの「モ」にラビットの「ビ」である。とりあえず今思いついたのはこんな名前だが、俺しか見ないのだからいいだろう。
モビは名前を与えられたことを嬉しそうにアピールすると、ストレージの中に入っていった。どうやら普段はストレージで過ごしているらしい。
「……っと、研磨石探さないとな」
ストレージ内のリストに書かれた「モビ」の文字をまじまじと見ていた俺だったが、はっと我に返ると、研磨石の採掘作業に戻ることにする。
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