1-4 地雷処理(処理できてない)
第24話 終電ギリギリ
俺は今、次の日が休みの時、バイトを終えた後に配信をするようにしている。
休みの日は当然寝ておきたいし、ダンジョンにもぐるのは体力的にも簡単にできる事ではない。ましてや「犬飼ちくわ」の初ゲストで参加した時のような事をすれば、筋肉痛でまともに動けないし、寝坊だってするかもしれないのだ。
「じゃあ、今日はこのくらいで終わります」
『おつかれー』
『俺は明日早いしもう寝るわー』
『モブさん配信ありがとう!』
ダンジョンの素材を取り切ったところで、俺はドローンに向かって挨拶をしてから接続を切る。そしてモビに周囲を警戒させながら、装備の更新を行って、ステータスを確認する。
――装備品
武器:ヴェノムスティング
頭:フォレストヘルム
胴:アイアンメイル
腕:スコルピガントレット
腰:アイアンベルト
足:アイアンレガース
――スキル
槍マスタリーLv5
魔法マスタリーLv1
属性マスタリーLv2(火・回復)
回避マスタリーLv3
テイミング適性Lv★
前回のボスを倒して手に入った素材で、装備品の更新を行って、スキルの方も槍を中心に戦っているからか、なんとLv5まで上昇していた。愛理に聞いてみたが、Lv3くらいが初心者から中級者の境目で、Lv7くらいからが専門スキル扱いになるらしい。それに当てはめると、Lv5は探索者基準では槍の扱いを普通に出来るくらいの位置付けだろうか。
それと、短剣マスタリーの項目が消えたことを聞いてみたが、どうやら俺の予想通り、使っていないとレベルは下がっていくらしい。使えば使うほどレベルが上がり、使わないとレベルが下がり、消滅する。この辺りは現実でも同じような物だな。ちなみに愛理が言うには、Lv8とLv9は少しでも使わない期間があると、すぐにLv7まで下がるらしい。だからスキルレベルが8以上あるダンジョンハッカーはいわゆる「ガチ勢」と認識されているようだ。
「ま、ボクは双剣マスタリーLv8だけどっ」
その時ついでのようにマウントを取られて、俺は苦笑したのを覚えている。
モビの先導でダンジョン入り口まで戻ると、クラウドストレージの中にある研磨石と、今日採集した研磨石の数を合わせると300個を越えていることに気付く。
――研磨石300個集まったけど。
愛理にメッセージを送ると、数分で既読が付き、返信が来る。
――ありがとう! 明日の夕方取りに行くね。
――じゃ、いつものファミレスに十八時な。
受け渡しをして、もしかするとまたゲストで呼ばれるかもしれないな、そうなったら、またちくわのチャンネルに出ることになるのだろうか。
そうだとすると、モビの進化も出来るように進めておきたいな。撮れ高が有りそうなのはちくわのチャンネルでやったほうが良いし。
――あの、どこかで今から会えませんか?
そんな事を考えていると、メッセージアプリにそんなメッセージが着信した。
――深河駅の十番線ホームで待ってます。
スパムかな? と思った瞬間に追加でメッセージが届く。内容が具体的な上に、俺が行く行かないにかかわらず「待っている」なんて書くのは、一体何なんだろうと気になった。しかも今の時間は夜十一時を回ったところである。行けるかどうかもギリギリだが、終電を逃せば帰ってこれない可能性もあった。
――わかった。今から行く。
しかし、なんだか俺はそのメッセージを放っておくことはできなかった。スパムだとか、怪しいだとかはもちろん思ったし、自分がテイマーという存在になったからこそ、こういう不審なメッセージは無視するべきだというのも分かっていた。
だがそれでも、俺の事を知っている誰かが助けを求めているように思えて仕方なかった。だから俺は、ダンジョンから出たその足で電車の駅へ向かっていた。
――
ネットリテラシー講習は、当り前の事しか言ってくれなかった。
他人に悪口は言わないようにしましょう。
投稿する前に、言っても大丈夫な事か確認しましょう。
ネットで知り合った人と会うときは注意が必要です。できれば会わないようにしましょう。
そんな事は分かっている。言われたことを全部守れば炎上しないっていうのも、分かる。でも、それができないから私はこうしているんだ。
配信禁止令が事務所から出された時、ママからすごい怒られた。私の家族にはパパが居ないから、私の配信でお金を稼がないといけないのに、配信ができないと、またママがお兄ちゃんと喧嘩する。
「帰りたくないな……」
その言葉を呟いた瞬間、私の両脚に根っこが生えてしまったような気がした。駅のホームで電車を待っていたけれど、そこから一歩も動けない。
周りの人たちは、私を避けて電車に乗り込んで、家に帰っていく。私も帰らなきゃ……そうは思うけれど、そう思うほどに足が石のように重く、根っこが生えたように地面にくっついていた。
「っ……はっ……っ」
息が苦しい。
電車に乗るまでの十数歩が歩けない。
周囲の人が、私の顔を見る。
電車の扉が閉まり、動き出しても、私はその場から動けなかった。
「……ぁ」
電車が通過したところで、私の足はようやく地面から離れてくれた。
私は引き寄せられるように駅のベンチに座り、自分の身体を抱いてうずくまった。もう、何もできる気がしない。
「っ!?」
突然スマホが震えて、通知を表示する。
――モブ さんが配信を始めました。 「作業 研磨石・スキル・レベル上げ」
私は無意識にそれを開いて、配信を見始めた。
『どうも、モブです』
彼はそれだけ言って、黙々と作業をする。地味な作業だ。だけど、テイムモンスターのモビと、彼自身の不器用な優しさをもった反応が、リスナーを楽しませてくれる。
私はその配信をじっと見続けた。別にすごく面白いわけでもない。だけど、どこか安心する配信だった。
『じゃあ、今日はこのくらいで終わります』
どのくらい見ていただろうか、彼がそう言うと、無機質に配信がオフラインになる。それと同時に、私は現実に引き戻される。
夕方だった周囲は、既に真っ暗になり、時刻を見るともう十時半を過ぎたところだった。
「……」
身体が動かない。
ただゆっくり流れていた安心できる時間が、終わってしまった。それだけで私は動けなくなってしまった。
家に帰らなくちゃ。
でも、家に帰ったらママが居て、ママは私の帰りが遅い事を怒るかもしれない。もしくは、お兄ちゃんが家にいて、また二人で喧嘩するかもしれない。
「……」
家に帰りたくない一心で、私はマネージャーに聞いていたモブ――優斗さんのアカウントに、メッセージを送ろうとしていた。
――あの、どこかで会えませんか?
あとは送信するだけ、という所で、私の手が止まる。ダンジョンにもぐった後で、疲れて居ないだろうか。そもそもあの人は「犬飼ちくわ」の物で、私がどうこうしても困るし、断られるんじゃないか。
考えが巡って、送信ボタンが押せない。私は何回も書いては消して、書いては消し手を繰り返し、それでも会いたくて、メッセージを送信していた。
来てくれるだろうか、もし来てくれなかったら、私はどうなるんだろう。家に帰るための電車は、もう数本しか残っていない。
――わかった。今から行く。
送信を取り消そうかと思った時、メッセージに既読が付き、返信が届く。私はそれを見て心が軽くなるのを感じた。
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