第25話 から揚げ弁当510円(50円引き)

 深河駅は、様々な路線が入り組んだ駅で、十番線ホームは都心へ向かう方向とは逆の、ベッドタウンへ帰る方向のホームだった。


 そういうわけで、家に帰ろうと急ぐサラリーマンの人とかがいっぱいいたわけなんだが、幸いなことに俺を呼び出した人はすぐに見つかった。


「おまえは~~~~だろぉ!? こんなんだから~~だって~~~~!!」


 酔っぱらいの何を話してるか分からない声がする方へ向かうと、猫耳フードの少女が、赤ら顔のおじさんに絡まれていた。


「猫島!」

「あっ……」

「なんだぁ? お前が保護者か?」


 彼女にかけ寄ると、おじさんもこっちを向いて酒臭い息を吐きかけてくる。


「はい、迎えを頼まれまして」

「けっ、だったら~~~しとけよなぁ!」

「はいすいません」


 何を言ってるか分からないが、こういう手合いは何を言ってるか分かっていたとしても、適当に受け流してこちらへの興味を失せさせるのが最も角の立たない対応だった。


「……ありがとう」


 おじさんが不機嫌そうに喫煙スペースに向かうのを確認したところで、猫島が口を開いた。


「ま、気にすんなよ、バイトで得た経験だ」


 世の中には変な奴がいて、そいつと遭遇することは少なくない。だから、そう言う手合いと会った時はやり過ごすのが最善手である。


「それで――このメッセージを送ったのは猫島でいいのか?」


 俺はメッセージアプリの画面を開き、知らないアカウントとのやり取りを表示させる。


「あ、うん……マネージャーから聞いて」


 マネージャーって言うと、柴口さんか。勝手に教えられたのは少し思う所があるけど、こういう状況で連絡がつけられたのはありがたいな。


「その、迷惑だった?」

「いや全然」


 正直なところかなり疲れて居るが、猫島くらいの女の子が深夜にうろついているのは褒められたことじゃないし、普通に危険だ。彼女を守るためであれば、むしろ連絡してくれてありがとう。と言ったところか。


「よかった……」


 猫島は、安心したように背中を丸めて首を垂れる。なんだか、ちくわとコラボした時の「珠捏ねこま」とは別人のようだった。


「それで、どうした? 家に帰らないのか?」


 印象が全く違うとはいえ、何か俺の力が必要なんだろう。随分しおらしくなってしまった猫島に、俺は目線を合わせて声を掛ける。


「帰りたくない」

「そっかー……」


 理由を聞いてもいいのだろうか、いや、でももし俺がこの状況だったらそれを口にするのも嫌な時ってあるよな……


「分かった。近所で二十四時間営業のファミレス探そう」


 そう言って、俺はマップアプリを立ち上げる。深河駅は都心には及ばないが、十分繁華街だ。少し探せば、いくつかは見つかるだろう。


 事実、駅前の徒歩数分の所に、二十四時間営業の居酒屋があった。未成年の入店は断られるかもしれないが、ギリギリ成人済みの俺もいる事だし、何とかなるだろう


「よし、見つけた。行こう」

「……」


 だが、俺が手を伸ばしても、彼女は動く気配がなかった。何か調子が悪いのだろうか。


「優斗さんのおうちじゃ、ダメ?」


 調子が悪いのか、疲れて眠いのかと心配していると、猫島はそんな事を言い出した。



――



「はぁ……」


 どうかしている。


 俺が一人暮らしだからよかったものの、実家暮らしだったら事案モノである。


 そして俺がちょっと女の子に積極的だったら、間違いなくこの状況で手を出している。


 つまり、俺は一人暮らしで女の子に消極的なため、猫島の貞操は守られている訳だ。我ながら情けないが、彼女の事を想えばこれでよかったとも思える。


「……」


 申し訳程度の廊下と扉を隔てて、シャワーの音が聞こえてくる。彼女は俺の勧めで風呂に入っている。何をするにも、空腹で風呂にも入っていなかったらネガティブに引っ張られてしまうという持論に基づいて、彼女には風呂と、コンビニで俺の夕飯……というか夜食の割引弁当ついでに買ったサンドイッチを用意してある。


 こっそりと、俺は柴口さん経由で状況を親御さんに伝えることにして、柴口さんの方からは了承を貰っている。あの人からも「手は出すな」と釘を刺されたが、俺にはそんな意気地は無いので安心してもらおう。


 シャワーの音が止まり、風呂の扉が開く音が聞こえる。


「猫島、風呂浸かったか?」

「え、いいよ……浸からなくて」

「ダメだ浸かっとけ、最低百秒な」


 シャワーの前後でタイムラグが無かったので、俺は部屋から彼女に声を掛ける。湯船につかるというのは、ただ身体の汚れを落とす行為ではないのだ。まず体をあっためて、次にお腹を満たす。悩み事を考えるのは、それからでいいのだ。


「上がったよ……」

「悪いな、そのジャージで寝てくれ」


 十数分後、猫島が俺の高校時代来ていたジャージを着て部屋に戻ってきたので、入れ替わりに俺が風呂に行く。


 適当に服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びて汗を流す。その途中、いつも使ってるシャンプーの匂いだというのに、少し華やかな匂いが混じっているような気がして、不意に心臓が跳ねた。


「っ、いかんいかん……」


 邪念を振り払うように湯船につかり、乱暴に身体を拭いてパジャマに着替える。


 部屋に戻ると猫島はサンドイッチに手を付けずにいた。


「ま、話はそれ食ってから聞くから」

「食欲無い……」

「いいから食え、食わないと悪い考えばっかり浮かぶから」


 俺はわがままを言う子供に言い聞かせるように、猫島にそう告げて、温めた割引弁当を口にする。


「……」


 猫島は少し戸惑っていたが、観念したのかおずおずとサンドイッチに手を伸ばし、口に運んでいく。


 たしか配信禁止を事務所から言われてるって言ってたな、悩みはそれ関係だろうか。俺は彼女がサンドイッチを食べるペースが上がっていくのを見ながら、ぼんやりとそんな事を考えた。

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