第26話 タクシーは経費で落ちるらしい
「少しは落ち着いたか?」
柴口さんから「やっぱり心配だから迎えに行く」という連絡を貰って、一息ついたところで猫島の方を向く。
「うん、優斗さん。ありがとう」
風呂に入って食事をしたからか、随分情緒は安定したようだった。
「あんな時間まで駅にいた理由は聞いたほうがいいか? 聞かないほうがいいか?」
「その、聞かないでいてほしい、です……」
「そうか」
メッセージにあったのは「会いたい」という事だけだった。だから俺は必要以上に聞かないことにした。彼女は元不登校だという話も聞いていたので、無理に踏み込んでも拒絶されるだけだろう。
「……」
沈黙が訪れる。何か話したほうが良いだろうか? そう思って話題を探すが、俺は猫島の事を良く知らないままだった。
「あ、そうだ。聞けばいいじゃん」
「え?」
知らないなら、本人から聞けばいい。俺はそう思って彼女に直接聞くことにした。
「なあ、猫島ってなんで探索者なんて始めようと思ったんだ?」
俺が聞いても不自然じゃなく、猫島にもこたえやすいであろう質問を投げかけてみる。
「え、それは昔の配信で難度も話したと思うんだけど――」
「いいじゃん、直接聞きたいんだよ」
ごめん、見てない。とは言えるはずもなく。俺は彼女に笑いかける。猫島は少しだけ不機嫌そうに「むぅ」と唸ってから話し始める。
「えっと、なんか、楽しそうだったから」
「楽しそう?」
探索者の裏側をよく知っている俺には、そんな感覚は全く無かったので、意外だった。
「ほら、配信はすごい華やかなことしてるし、私もそれができるのかなって」
なるほどな、確かに何かを始めるときは大体、何にしてもそういう感覚なのかもしれない。俺みたいにストリーマーのアシスタントから始める形なんていうのは、割と少数派なのかもな。
「最初の内は失敗もあったけど、結構周りの人が助けてくれるから、なんとかずっと登録者が増えて行って……それで、深河プロを立ち上げる時にスカウトされて、今になるって感じ」
「てことは、深河プロの最古参ってことか」
俺の問いかけに、猫島は頷いてくれた。
「私のおかげであそこまで大きくなったのに、急に配信禁止って言われるなんて、納得行かないって言うか……今も大人しくネットリテラシー講習? みたいなのに行かされてるし、私、深河プロやめようかなって思ってるんだ」
自分の来歴を話したことが呼び水になったのか、猫島はようやく自分の心の内を吐露し始めてくれた。
「それで、良ければなんだけど、優斗さんも一緒に個人で活動しない? きっとその方が楽しいし、ほら、割賦るストリーマーとしてなら炎上もしないから」
「うーん……」
俺は悩む。
いや、深河プロについていくか、彼女についていくかではなく。猫島にどう伝えれば彼女自身の勘違いを正せるのか、それを悩んでいた。
「猫島は――」
「紬って呼んで」
「……紬ちゃんは、俺の配信見てたか?」
「うん、勿論!」
先程までの、陰のある声色からは打って変わって、彼女は喜色をにじませた声で話を始めた。
「優斗さんってとっても優しいし、すごくちくわちゃんのこと考えてくれてるよね! 私も優斗さんみたいなアシスタントが欲しかったなぁ」
憧れというよりも、欲しいおもちゃを見つめる子供のような反応をする。俺はそんな彼女の目を見て、一つ一つ言葉を選んで、自分の考えを伝えることにする。
「紬ちゃん……君は、周りの人を良く見るべきだ」
「え――」
「ダンジョン配信なんて、一人でやっていたら俺みたいな地味なものになるはずなんだ。それをさせなかったのは、ファンの人であり、深河プロのみんなであり、マネージャーの柴口さんだ」
俺はしっかりと、一つ一つ言い聞かせるように、紬ちゃんの目を見て話す。彼女は俺から目を逸らそうとしていたが、それでも何とか俺の方を見ていてくれた。
「それじゃあ、優斗さんは私と一緒は嫌って事?」
「それはぜんぜん違う。今のままだと、俺が一緒に深河プロを止めたところで『紬ちゃんを助けてくれただれか』になるだけなんだ。それじゃあずっとそのままで、君にとっても、俺にとっても良くない」
そう、彼女は「自分を助けてくれるもの」を味方だと思っている。それは一面では正しいけれど、ほかの視点では間違ったものになる。
「それって、どういう事?」
「……」
どう伝えればいいのだろう。
口で言えばそれはただ単に安っぽい言葉になるし、口で言わなければ伝わらない。だから俺は、自分が全てを語るようなことはしないと決めた。
「いろんな人から聞いてくれ、なんで自分を助けてくれるのか、なんで嫌な事をするのか、どうして関わることを止めないのかを」
紬ちゃんはよく分からないという顔をする。それはそうだろう。俺だってちょっと何を言ってるのか分からない。
「じゃあ、優斗さんはどうしてそんな事を言うの?」
それでも言いたいことが分かっている分だけ、彼女よりはしっかりした事を言えそうだった。
「紬ちゃんが大事だからだ。トップストリーマーとか、可愛いからとか、そういう事じゃなくて、一人の人間として、大事に生きてほしいから、こういう事を言っているんだ」
「……?」
キョトンとした表情の紬ちゃんが何かを言うまえに、玄関のチャイムが鳴る。扉を開けると柴口さんが息を切らして立っていた。
「ねこまちゃんは!?」
「風呂に入れただけだよ」
「本当ね? 本当に手は出してないのね!?」
俺に噛みつかんばかりに威嚇をした柴口さんだったが、ジャージ姿で呆然としている彼女を見て、安心したように深く息を吐いた。
「マネージャー……?」
「ごめんね、ねこまちゃん。八時からのミーティングが十二時までかかったの、篠崎君に任せようかと思ったんだけど……やっぱり異性の家で外泊はちょっとね」
俺は紬ちゃんの服は脱衣所にあることを教えて、ジャージはそのままあげることにして、二人を家から送り出すことにした。
「悪いわね……」
「別に良い、それよりちゃんとメンタルケアをして、本人とちゃんと話してくれ」
いう事がコロコロ変わったことや、疑ってしまったことを含めた諸々を謝られつつ、俺は二人を送り出した。
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