第27話 太陽が西から上がってる可能性はゼロである

「じゃあ、本当に何もされてないのね?」


 タクシーに乗っている間、マネージャーからは何度も同じことを聞かれた。私はその度に同じことを答えて、その度にマネージャーは自分自身に言い聞かせるように同じことを繰り返していた。


「ねえ、マネージャー」

「何? ねこまちゃん」


 いい加減、同じことを答えるのにめんどくさくなってきた私は、なんで同じことを何度も聞くのか、その理由を聞いてみることにした。


 質問をしようとして相手の顔を伺うと、なぜだか優斗さんと同じ雰囲気を感じた。


「なんで、そんな事を何度も聞くの?」


 正直なところ、今日は講習とかあったし、優斗さんの家でお風呂と夕飯を食べたから、疲れがどっと出て来ていて、答えるのが非常に億劫だった。できればいっそのこと、放っておいてほしい。


「あ、ごめんなさいね、ねこまちゃんのことが心配でしょうがなくて」


 そう言われて、私はムッとする。心配するくらいなら、こうなった原因の配信禁止令も解除してくれればいいのに。


「……別に、いま私は配信できないし、稼げないんだからほっといてくれればいいのに、嫌がらせのつもり?」


 私は優斗さんに誘いを断られたこともあって、少し不機嫌になっていて、思わずそんな事を言ってしまった。


「そんなことあるわけないじゃない!」


 言った後で、後悔する間もなくマネージャーは声を上げた。


「マネージャー……?」

「どれだけたくさんの人があなたを心配してると思ってるの! どうしてねこまちゃんのママを説得するのに時間がかかったか、分かるでしょ?」

「……」


 また「あの目」だ。


 私はこの目が嫌いだ。心配しているふりをして、私のやりたくないことをやらせようとしてくる人の目だった。


 優斗さんにも言われたけど、みんながそうする理由が全然わからない。私が大事なら、私が楽しい事だけをしていてよ。


――紬ちゃんが大事だからだ。


 分からない。と言って拒絶しようとした時、不意に優斗さんの言葉が蘇る。


「今回は篠崎君が紳士だったから大丈夫だったけど、いつもこうなるとは限らないわ。特に、一見して優しい人は本人がどういう考えでいるかは別として、本当にあなたを想ってる人かどうかなんてわからないの」


「……」


 一度、街で夕食を奢ってくれるって言うおじさんがいて、ついて行ったことがある。


 それなりに高いお店に連れて行ってもらえて、嬉しかった。だけど、私にべたべた触ってきて気持ち悪かったから帰ろうとしたらおじさんの態度が変わった。


 たしか「高い金払ってやったのになんだその態度は」とか言ってた気がする。それで、殴られそうになったところで、マネージャーが駆け付けてくれて、守ってくれた。


 だけどその後たくさん怒られた。マネージャーとあのおじさん。何か違う所はあるって言うのは分かるんだけど、何が違うのかがわからない。


「よく、わかんない」

「……ふぅ、そうね、すぐには分からないわよね」


 そう言って、マネージャーは私の頭を軽く撫でて、ふわりと笑った。


「でも、覚えていてちょうだい。あなたの事を大事に思っている人がいるって事を。その人たちをしっかり見分けて、その人から見た自分をよく知りなさい」

「自分を……よく知る?」


 マネージャーは、よくわからないことを私に言うと「さ、おうちまで送ってあげるから、寝ちゃいなさい」と、私に上着をかぶせてくれた。



――



「ふぅぁ……あぁ……」


 目を覚ますと、既に短針が十二を過ぎていた。休日とはいえ寝すぎたか。窓の外では天高く太陽が昇り……いや、ちょっと既に西の方に傾いてるな。


「さて」


 寝て午前中を潰してしまったものは仕方がない。今日は夕方に愛理と会う約束があるし、軽く家の片づけをしてシャワーでも浴びるか。


 俺は溜まったゴミを大きい袋にまとめてゴミの日に出すようにすると、部屋の隅に置いてある掃除機を取り出す。


 一週間、溜まりに溜まった埃をズゾゾーっと吸い取ると、俺はパジャマを洗濯機に放り込んで風呂の扉を開ける。


「……ん?」

 扉に挟まって、黒いレースの靴下が片方落ちていた。


 間違いなく俺の物ではないし、そもそも男物でもない。なんでこんなものがここに……?


 少し考えて、昨晩紬ちゃんが風呂を借りて行ったことを思い出す。そうか、彼女のか。


 よくよく見ると、間違いなく洗濯機にぶち込んで適当に洗ってはいけない形をしている。洗って返そうかとも思ったが、下手に洗うと捨てるしかない状況になりかねない。


 しばらく考えた後、俺はその靴下を机の上に置いておくことにした。今度柴口さんと会う用事がある時にでも、紬ちゃんに返すようにって渡せばいいだろう。


 俺はそう考えて、風呂場に戻って蛇口をひねる。少し待つと暖かいお湯が身体を打って、掃除でついた埃とか、寝ている間に書いた汗を洗い流してくれる。男友達ならまだしも、愛理と会うんだからこれくらいは身だしなみを整えておかないとな。

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