第28話 コーラ+カルピス、唯一の成功例
いつもの待ち合わせ場所に着いたのは、一七時半だった。待ち合わせの十八時まで結構時間があったので、俺は数日の間に稼いだ素材をこそこそとモビに食わせていた。
勿論呼び出すようなことはしない。こんなファミレスの中で、テイムモンスターなんか出したら、即刻ネットに上げられて表舞台に引っ張り出されてしまう事だろう。
幸いなことに、俺を特定しようとする勢力は、俺自身へとまだ届いていない。このまま興味を失ってくれることを期待したいところだ。
超有名人のSNSアカウントとかも、数週間も経てばフォロワーが落ち着いて話題に上らなくなる。俺が目指すのはそのあたりにあるユーザーたちの「飽き」である。このままモビと一緒につまらない地味な配信だけをやっていれば、いつかはちくわのチャンネルの陰に隠れて見えなくなるだろう。
「よし」
ドリンクバーで粘りつつ、モビに素材を食わせ終わった俺は、こいつのステータスを確認する。
名称:モビ
種族:モーラビット2.0 Lv9
力:16
知:10
体:6
速:20
支援スキル:ステータス強化<速>
Lv9に上がって速の値が20を超えた瞬間に「支援スキル」とかいう物が増えた。これはどうもASAブラストとは別に、消費なしで行える支援で、力なら重いものを持てたり、知なら魔法の威力が上がったりするらしい。
つまり、速が強化されるという事は、素早い動きができる。みたいなところだろうか。これは咄嗟の回避とかで使えそうだな。
「お待たせ、優斗!」
「ん、お疲れ、時間通りだな」
モビのステータス画面とにらめっこしていると、愛理に肩を叩かれた。俺が挨拶を返すと、彼女は上機嫌に向かいの席に座った。
「機嫌よさそうだな」
「うん、リスナーさんも、ボクが事務所に入ったのと方針が変わったのをようやく受け入れてくれたみたいで、いつも通りに戻ってきたしね!」
「それはよかったな」
俺は愛理の報告に頷いて、ほっと息を吐く。昨日の紬ちゃんの事を考えると、愛理も何か不安を抱えているんじゃないかと思っていたのだ。
そして、ちくわのリスナーが落ち着いてきたという事は、俺への興味も薄れてきたという訳だ。これからも愛理の事を手伝うつもりでいるので、俺だけが独り歩きしてしまうのは、そう言う意味でも避けたかった。人気者には人気者の、日陰者には日陰者の役割というものがあるのだ。
「じゃ、もう大丈夫だな」
研磨石を300個渡しながら、俺は肩の荷が下りたようにそう言った。研磨石さえ渡していれば、裏方が表舞台に出る事もないだろう。
俺自身のチャンネルも、柴口さんには悪いが、徐々に頻度を下げて行けば気にする人間もどんどん減っていくだろう。半年後には、もしかしたら「モブ? ああいたねそんな奴、それでさ――」みたいな会話を聞けるかもしれない。それに、テイマーなんて二人目とか三人目が現れる可能性もあるのだ。どう考えても、うまい事軟着陸できそうなように思えた。
「えっ、それって……どういう事?」
「ん? 愛理は大丈夫そうだから、俺はちょっと距離取って大人しくしてるって事。別に研磨石はこれからも渡すからいいだろ?」
「ダメだよ!」
ドリンクバーのお代わりを取りに行こうとしたところで、愛理が机を叩いて大声を出した。
「ちょ、落ち着けよ」
「あ、ごめん……でも、できればこれからもちょくちょくゲストで出て欲しいな、ほら、モビちゃん居ると撮れ高あるし」
「いやーでもさ……」
そうなると、いつまでたっても軟着陸できなそうだし、モビを出せばいいだけなら、リスナーに飽きられてまで俺が配信に出るって言うのも、なんとなくしっくりこないものがあった。
「……」
それを伝えようとしたが、途中で止めた。愛理がじっと、真面目な顔で俺を見ていた。この表情をしている時は、何が何でも譲る気がない時である。
「分かった分かった。じゃあ次のゲストで呼ばれるときの話をしておくか」
こうなったら、俺が折れるしかないのは長年幼馴染をやっているのでわかっている。だから、俺はドリンクのお代わりを取りに行ってから、彼女の計画を聞くことにした。
――
優斗がドリンクバーに行っている間、ボクは胸を抑えて動悸を落ち着けさせようと頑張った。
怒鳴っちゃった。嫌われたかな? でも、優斗がボクの前から居なくなるよりはずっといい。やっと配信をしている時も、近くにいられる時間が増えたんだ。減らすなんて、認められない。
「はぁ……」
優斗はボクの全て――って言ったら言い過ぎかな。でも、ボクの中で大きな部分を占めている。本人にそんなそぶりを見せないようにしてるけどね。
きっと、優斗に全力で頼ったら、優しいからそれに応えてくれると思う。だけど、ボクはそれじゃ嫌なんだ。
みんなの人気者で、誰からも好かれて、自立した人間。そういう姿で彼の前にいることで、初めてボクは優斗と対等な関係を築くことができると思う。
だから怒鳴ったり、怒ったり、泣いたりは見せるわけにいかない。見せたら、優斗にとってのボクは「守られる存在」になってしまうから。
コーラとカルピスを混ぜて遊んでいる彼の背中を見ながら、ボクは胸を突いて出そうになった気持ちを何とか抑え込んだ。
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