第21話 極彩色フラペチーノ(闘龍書体)
「犬飼ちくわの配信見た?」
「そりゃもう、ダンジョンハッカー界隈じゃ連日その話ばっかりだよ」
「ていうかモブって誰なんだろうな、あんなゴツい不人気デバイスつけて素顔隠してるとはいえ、ちくわとかねこま相手に平熱運転できるのって一般人とは思えねー」
電車の中でそんな話を聞いて、どうか俺だってバレませんように、と祈ってから駅に降りる。とりあえず、ヘイトは向けられていないようで安心するが、できればこのまま「居ない物」として扱ってくれるのを願っていた。
「ふぅ」
別に目立ちたくないとかそう言うダウナーで無気力な事を言う訳ではないが、俺は愛理がそうである以上に炎上が怖いのだ。人から嫌われる事に強い恐怖を感じていると言ってもいい。だから良くも悪くも注目を集める配信者なんていう物には、極力なりたくない。
「あ、優斗、おはよー」
待ち合わせ場所に到着すると、愛理が手を振ってくれた。俺はそれに応えて、少し歩調を速める。
「悪い。待ったか?」
「待ったけど映画までまだまだ時間あるし、大丈夫」
遅刻をしたかと思ったが、待ち合わせの時間まであと三十分近く余裕があった。どうやら二人とも早く来すぎたようだった。
「始まるまで時間あるな、喫茶店でも行くか」
「あ、じゃあさ、新作のフラペチーノが気になってるんだよね、ボク」
「なるほど、それにするか」
俺も、男一人でお洒落に映えそうなスイーツを食べるのには抵抗がある。利害の一致という事で、俺たちは近くの喫茶店チェーンの自動ドアをくぐった。
「平日に暇な日を持てるってのが、フリーターの良いところだよな」
「ストリーマーの良いところでもあるよ」
レジ前で大きなポップが飾られている新作を二つ注文して、受け取ってからテーブルに座る。
「いや、ポップで見てたけど実物ヤバいな」
シンガポール辺りのストリーマーとコラボしたらしい極彩色のフラペチーノは、何ともケミカルな色をしており、見るのは楽しいが食欲は一切湧かない見た目をしていた。
「あ、ちょっとまって、写真上げときたい」
「あいよ、俺掃けるわ」
愛理がスマホをフラペチーノに向けたので、俺はが画角に入らないように避ける。いわゆる「匂わせ」を避けるための行動であり、俺たちにとって日常となっていた。
「……よし、ありがと」
「どういたしまして」
そう言って俺はスマホを取り出して、愛理と一緒の写真を撮る。彼女の端末内に写真を入れておくわけにいかないが、二人で居た時の写真は撮っておきたい。そういう訳でこの形で写真を撮るのが日常となっていた。
「じゃ、いただきまーす」
「いただきます」
二人で挨拶をして、ストローに口を付ける。吸い上げると冷たくひんやりとした氷の粒と、見た目の割に味は素朴で、クリームの中に仄かなオレンジの風味が感じられる味だった。
「意外と美味しいかも……」
「絶対アメリカのお菓子みたいな味すると思ったのにな」
味の感想を話していくうちに、話題はダンジョン配信の話題へと移っていく。
「そういえば、猫島って打ち上げの時いなかったけど、どうしたんだろうな」
「え、優斗ネットニュースとか見てないの?」
「……すまん、見てない」
俺がそう答えると、愛理は深くため息をついて、スマホでネット記事を見せてくれた。
「ほら、これ」
内容を確認する。そこにはネット記事が掲載されており、そのタイトルにはこう書かれてあった。
「『珠捏ねこま、事務所から無期限活動休止』……?」
確か、ねこまにとって配信はそれなりに大事な事じゃなかったか? それがまた、なんで……
「柴口さん的にはタイミングを探ってたっぽいんだ。まあ僕とのコラボが引き金になっちゃったんだけど、責任は感じてほしくないって」
「……」
確かに、考えてみればあの時の行動は、かなり目に余るものがあった。恐らく今までは休止させられると事務所への損害が大きくなるからこそ、強制できなかった部分があるが、ちくわとモビの存在で、深河プロジェクト自体が珠捏ねこま偏重の収益体制から脱却することを目指しているのだろう。
「なんていうか、可哀そうだな」
彼女が配信で好き放題するのは、なんとなく振る舞いを見て居ればわかった。だが、彼女自身がストリーマーとしての自分にしか価値を見いだせて居なさそうなのも、なんとなくではあるが俺は感じ取っていた。
「うん、そうなんだけど……これから先、一緒に配信する事も多くなると思うから、ねこまちゃんと配信するのは不安でもあったの」
「ああ、それは分かる」
珠捏ねこまは、炎上覚悟というか、リテラシーのリの字も知らないという振る舞いで上り詰めたストリーマーであり、それの手綱を握ったり一緒に仕事をするのは、非常に難しく、それと同時にリスクが高かった。
「ま、まあ、柴口さんも『リテラシーさえ学んでもらえたらすぐに復帰させる』って言ってるし! ボク達もちょくちょく気にかけてあげよっ」
「確かにな」
暗い雰囲気になりそうなところを、愛理は取り繕うように明るく話す。俺はそれに頷いて、極彩色フラペチーノを啜った。
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