第22話 コンセプトは「地味に行く」

 映画はそれなりに面白かった。


「ありがとね優斗」

「別に良いって、これも手伝いの内だ」


 すっかり調子を戻した愛理を見て安心する。これなら明日からも配信を続けて居られそうだ。


「あ、それと優斗、君もチャンネル持たない? 柴口さんに言えば深河プロ所属でデビューできそうだけど」

「え、嫌だ」


 愛理の誘いをノータイムで断る。俺は注目されるのが怖いのだ。一挙手一投足を監視されて、そこでミスをすれば側炎上の生活なんて、とてもじゃないが無理だ。


「そっか……でも、優斗がそう言う態度で居ると逆に危ないかもよ」


 そう言って、愛理は自分のスマホを操作して、俺にその画面を見せてくれた。そこにはSNSの発言をまとめたブログが表示されていて、その中の発言には、こんなものがあった。


――正体不明のテイマー「モブ」の正体判明! ウェブスタープロジェクトのストリーマーか!?


『仮面型のARデバイスをしてるって事は、顔を見られると誰だか分かってしまう、後ろめたい事があるんじゃないか』

『モブの正体、多分深河プロ以外のストリーマーだと思うんだよな、だから正体明かすわけにいかないって言うか』

『そういえば、同時期に引退した男性ストリーマーで、東条匠馬っていたよな。ボイチェン使ってるかもしれないから声は分からないけど、雰囲気似てない?』


「……」


 言葉を失う。なんか隠したことが逆に目立ってしまっているような……


「あと動画サイトとかでも『モブの正体に迫る考察』は結構再生数稼げるみたいだね、昨日の配信中のトレンドを見ても、モブって名前はボクたちの名前と同じくらい出て来てるみたいだし」


 言われて、自分のスマホでも「モブ」と検索してみる。その結果には、サジェストですでに「だれ?」とか「正体」みたいな単語が並んでいる。そんな状況で、俺が取れる行動は一つだった。


「ど、どど、どうしよう……」


 愛理に助けを求める。ショウビジネスの先輩である愛理なら、この状況をどうにかできるはずだ。というはかない希望に縋るしかない。今俺ができるのはそれだけだ。


「正体明かせばいいよ、みんな隠すから気になるのであって、分かってるならミーハーな人はすぐに居なくなるし」

「それは無理なの分かってるだろ、炎上こわい」


 正体を明かせば今向けられている「謎のテイマー」という肩書は無くなるため、注目度はある程度下がるはずだ。だがそれは、常に人から監視される生活の始まりとも言える。


「じゃあせめて、露出を上げて『自分が何者なのか』を分かりやすくするのが軟着陸する方法だね」


 ということは、自分のチャンネルを持って配信しろという事である。進むも地獄、戻るも地獄、今のまま立っているのも地獄だ。


 ならば、一番傷の浅い自分のチャンネルを持たなければいけないという事か、いや、だが……


「……わかった。チャンネルを持とう」


 俺は観念して、柴口さんにチャンネル解説のお願いをすることにした。



――



「どうも、犬飼ちくわアシスタントのモブです」

『本物じゃねえかw』

『顔出ししないんですか?』

『モビちゃん見せて―』


 慣れない挨拶をする。事前告知も何もしていなかったので、誰も来ないかと思ったのだが、100人以上が視聴しているようだった。


 柴口さんに連絡すると、ものの数時間でチャンネルが解説されてしまった。チャンネル名はそのままユーザー名と同じくモブにして、概要関係も下手な事を喋らないように、空欄のままだが、それでも見る人がいるらしい。


「今日は裏作業って事で、槍のスキル上げとモビのレベル上げ、あと研磨石の採集です」

「キュイ!」


 経費で購入したドローンに向かってモビが鳴く。あんまりリスナーにサービスをして人気が出ても困るのだが、普通にやっていればつまらなさから人はどんどん離れて行くだろう。なんせボス討伐などの派手な配信をする時はちくわのチャンネルだし、俺自身はたくさん喋るつもりも無いのだ。


『すげえ地味な絵面だな』


 コメントの一つが見えて、俺は安堵の息を漏らす。そうだろう、取れ高なんて何もないから別のチャンネル見たほうが良いぞ。


『テイマーなのにストイック過ぎて惚れるわ』

『ダンジョンストリーマーの裏側見てるみたいで面白い』

『作業用BGVとして使わせてもらいます』


 ……なんか違う方向で興味を持たれているような気がする。俺はそんな事を考えながら、採取ポイントに向けてピッケルを振り下ろしたり、低級モンスター相手に槍で戦ったりして、作業を続けていく。


『ねこまやちくわとは逆だな』


 作業をするうち、そんなコメントが目に入った。


 そりゃあ真逆だろう。あの二人はストリーマーとして、意識の違いはあれどプロとして取り組んでいる。俺みたいにフリーターの片手間にやってるような配信とは対極に位置するのだ。


『だよね、正直こっちの方が好感度高いわ』

『ねこまとかこういう作業裏方とかリスナーに全部丸投げしてるっしょ』

『ちくわもここら辺の作業モブに任せっきりでSNSに写真上げたりしてるしな』


「おい、お前ら」


 俺は思わず声を上げて、ドローンを見る。声を上げた後で、後悔もあったが、それでもあの二人を貶すようなコメントは看過できなかった。


「二人とも、リスナーを楽しませるために出来ることをやってるんだ。馬鹿にするな」


 愛理は今まで裏では真面目に配信を続けていたし、ねこまだって炎上は事務所に頼りきりだったが、事務所の力だけであそこまで上り詰めた筈がない。上っ面の見える範囲だけでそういう評価をするのは、許せなかった。


「……」


 それだけ言って作業に戻る。ヤバいなあ、リスナーに喧嘩売っちゃったよ……炎上したらどうしよう。柴口さんに悪いなぁ……ていうかちくわのアシスタントとして表に出られなくなるとか有るだろうか? ネットで注目されてる今、こんなことを言って炎上したらデジタルタトゥー付いて特定されて社会的に死んだりしないだろうか?


『ごめん……』

『確かに……裏方あっての二人だけど、そもそも二人が居ないと裏方もないもんな』

『モブかっけえ』


 幸いなことに、炎上するような雰囲気にはならなかったので、俺は再度安堵して息を吐く。


「キュー……」


 モビが俺を気遣うようにすり寄ってきたので、軽く撫でてやってから次の採取ポイントに向かう。


『ありがとう』


 流れるコメントの中に、一つだけそんなコメントがあった。

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