第20話 配信後のメンタルケアとか

「おつかれ」


 ダンジョンの外に出て、休憩所のベンチに座っている愛理に缶ジュースを渡す。猫島はマネージャーに呼ばれて何かしらの話をしているようだった。


「おつかれー優斗、初めてのコラボ相手だけど、大事故が怒らなくて良かったよ」


 俺が愛理の隣に座ると、受け取ったジュースを開けながら愛理は溜息をつく。


「ああ、正直なところ俺も引っ付かれてて困ってた。コメントで見たけど『珠捏ねこま』っていつもあんな感じなのか?」

「んー、まあね。基本的に炎上とか気にしないでやりたいようにやってるのがウケてるって言うか、そんな感じ」


 なるほど、ちくわとは逆の方針みたいだな。


「今更ながら、そんな相手とよくコラボする気になったよな」

「そりゃあ、深河プロに所属するんだから、それくらいはやらないと」


 俺の質問に、愛理は笑って答える。


「それにね、ボクの方針とねこまちゃんの方針は全然違うから、全然違う人にリーチできるんだよね」

「なるほど」


 確かに、配信中でねこまを初めて見た人も、ちくわを初めて見た人もいたような気がする。ダンジョンハッカーも初見の割合が高かったようだし、初めて見る人が多いという事は、それだけ登録者が増えるチャンスだという事だ。


「さすがだな、俺は炎上しないかどうかくらいしか気にしていられなかった……そういえば、ねこまが挑発してきた時に軽く乗ってきてたけど、あれも計算?」


――あ、そうだ! リスナーのみんなも見たいと思ったから『ボクのお願いを聞いて』今まで待ってもらってたんだよね!


 ちくわの口からあの言葉が出たのは、俺にとってかなりの驚きだった。ねこまのリスナーに向けたサービスだったりするのだろうか?


「あ、あー、それはー……ですね」


 しかし、愛理は唐突にしどろもどろになり俺から視線を外す。


「ちょっと、優斗を取られちゃうんじゃないかなって、思って」

「俺を?」


 なんとも可愛らしい理由に、俺は思わず息を漏らして頬を緩める。


「安心しろよ、俺は愛理の手伝いだって意識は変わらないから」


 モビをテイムしたのも、元々「犬飼ちくわ」の手伝いとしてダンジョンにもぐったからだった。その後たとえ猫島に手伝ってほしいと言われても、優先順位を間違えるつもりはさらさらなかった。


「うん……」


 だが、愛理の表情は浮かばないままだった。


 いつものことであるが、愛理は基本的に心配症で、一時になり始めるとずっと気にしてしまうタイプだ。なので、今は落ち着くまで時間が解決してくれるのを待つか、気晴らしにどこかへ連れて行くのを待つかしてやるのがお決まりのパターンとなっていた。


「ったく、しょうがないな」


 俺は立ち上がり、伸びをした後にスマホを取り出す。


「次の休みは明後日か、映画でも見に行くか? 丁度見てみたい奴あったし」

「え、ホント!? 行く行く! その日空けとくねっ!」


 俺が誘うと、愛理はすぐに目を輝かせた。全く、現金な奴だ。


 その日の詳しい予定を話し合って、俺たちは猫島の帰りを待った。



――



「はぁ……」

「ねえマネージャー、私、早く打ち上げに行きたいんだけど」


 柴口は頭を頭痛を抑えるように額に手を当てた。


 猫島紬――珠捏ねこまは深河プロダクションにとってなくてはならない存在だが、彼女はあまりにも自由過ぎた。


 今日だって初コラボ相手の異性にべたべたとボディタッチをしていたし、ちくわへの挑発的な言動も散見される。


「あのね、ねこまちゃん。今日の配信は何?」

「何って……いつも通りでしょ?」


 そう、珠捏ねこまは「普通」がそうなのだ。それでもなお致命的な炎上を何とか避けて来られたのは、深河プロダクションの全面的なバックアップによるものだった。


 いつも通り、炎上すれば謝罪文を出し、ほとぼりが冷めるまで黙っておく。その繰り返しも、プロダクションとして看過できないレベルに達していた。


「仕方ないわね……」


 出来れば、本人がそれを理解して、自然に落ち着くのを待っていたかった。だが、深河プロダクションは犬飼ちくわと、彼女のアシスタントが持つテイムモンスターという大きな柱が立ち、爆弾を抱えた「珠捏ねこま」を使い続ける理由が薄れてきていた。


 だからこそ、柴口はその指示ができた。


「これから先、事務所の許可が出るまで『珠捏ねこま』は活動休止しましょう」

「な、なんで!?」


 柴口の言葉に、猫島は思わず立ち上がり、抗議をする。


 しかし、柴口は表情を変えず、淡々と言葉をつづけた。


「正直なところ、ねこまちゃんはネットリテラシーが低すぎるし、人に見られている意識が低すぎるの、今のままじゃいつか絶対に大変なことになるわ」

「で、でも……でもっ、私、配信が無くなったら何にも――」

「その配信が無くなるかもしれないのよ、あなたの行動で」


 猫島の反論を、柴口ははっきりと制する。彼女にとって配信を取り上げる事がどれだけ辛いかは、柴口自身がよくわかっていた。


「今までは庇えたかもしれない。でもこれからは? ねこまちゃん自身がそれを学ばないと、いつか駄目になるわ、だから、しばらくは配信から離れて冷静になりなさい」

「……」


 柴口のきっぱりした口調に、猫島はそれ以上何も言えなかった。自分が深河プロダクションを支えている自覚はあったが、それは実際の所自分が深河プロダクションに支えられていた。その事実が彼女の心に重くのしかかっていた。


「リテラシー研修とか、日常生活は支援してあげられるから、この機会に成長なさい……話はそれだけよ、打ち上げに行きましょう」


 柴口は立ち上がると、うつむいたままの猫島の肩を優しく叩いた。

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