第19話 ボスは楽勝である
「ギシャアアアアッ」
このダンジョンのボスは、甲殻類のような鎧と、二つの鋭い鋏、そしてするどい尻尾を持つサソリ型のモンスターだった。
「さて、今日のボスはー……ギルタブルル! 毒と鋏に注意しなきゃいけないボスモンスターだね!」
『お手並み拝見』
『ねこまちゃんとのコンビネーション見せてくれー!』
『モブも頑張れよ!』
適当な応援を受けつつ、俺も槍を構える。スキルのレベル上昇によって、誰に習ったわけでもないのにそれなりに様になっている構えができていた。
「よーし、いくよぉー!」
ねこまが掛け声と共に、装飾の施された戦鎚を振りかぶって突進する。サソリ型モンスター――ギルタブルルはそれに反応して、鋏をねこまへと振り上げる。
「たぁっ!!」
甘ったるい掛け声とは裏腹に、戦鎚と鋏は重厚な金属同士がぶつかり合うような音を出して火花を散らす。俺とちくわも、彼女一人に負担を掛けさせないために駆けだして、モンスターをかく乱させる。
「はっ!」
ちくわは赤い刃を持つ双剣で、鎧のような甲殻の隙間を攻めるように刃を振るい。俺は無理に前に出て負担にならないように、距離を取って槍でちくちくと攻撃していく。
……とはいえ、甲殻に阻まれてあまり攻撃が通っているようには見えないのだが。
「キュイッ!」
そしてモビは俺の周囲を跳ねまわりつつ、隙を見つけてはギルタブルルの足を攻撃している。モビの鋭い爪と牙は、何とか硬い甲殻を貫通できるらしい。
『いいぞ! すぐ倒せそうじゃん!』
『ちくわつええ!! やっぱり前のは合成とか編集じゃなかったんだ!』
『片方の鋏、もうすぐ完全に破壊できそうじゃん!』
コメントの方も、ちくわやねこまを応援する内容や、勝利を確信する内容が流れている。この勢いのまま行ければ、問題なく倒せるはずだった。
『いやいや、よく考えろ。お前らボスモンスターがそんな簡単に倒せるわけないだろ』
『甘く見過ぎると失敗するぞ』
『ここら辺はまだダンジョンハッカー初心者だな』
だが、どうやら今まで喜々として書き込んでいたのはちくわとねこまの元々のリスナーだったようで、ダンジョンハッカー勢は冷静に状況を見ているようだった
「ギギギッ!!」
ギルタブルルが鳴き、針を上空へ向けると、その先端から透明な液体をまき散らす。
「っ……!!!」
全員が距離をとるが、飛沫は多少なりとも体にかかってしまう。そして、それが当たった部分が燃えるような痛みを訴えてきた。
『出た、毒液散布、これだからギルタブルルは一筋縄じゃ行かないんだよな』
『ねこまちゃん大丈夫!?』
『解毒ポーション早く使って!』
コメントが視界の端で流れる。俺は焼けるような腕の痛みを押し殺して二人の方を見た。
「ちっ……」
その先では、丁度ねこまが舌打ちをして、青い小瓶の蓋を開けたところだった。
「うわっ!?」
その蓋が開かれた瞬間、青い煙が小瓶から噴き出して、当たりに充満する。
『解毒スプラッシュかよ、調合むずかしいのによく作れたな』
『ねこまちゃんポーションづくり得意だもんね!』
『濃厚蜜乞食してるから被弾多いのかと思ったら、こういう事か』
その煙に触れた瞬間、毒液の痛みはおさまり、解毒されたことを察する。
「キュイ!」
それを好機と見たのか、モビが鳴き声を上げ、仮面の下にASAブラストのマークが浮かぶ。俺は考えるより前にそれを起動して、槍とモビを一体化させた。
「……」
槍が光に包まれ、その光が元に戻ると槍は長大な薙刀に変化する。そして身体が羽のように軽くなったのを感じた。
『生放送で見れるのありがたい』
『やっぱASAブラストはかっこいいよな!』
『モブ! やっちまえ!』
コメントに後押しされるように、俺は地面を蹴り、サソリ型モンスターの尻尾をめがけて跳ぶ、
「っ――」
面白いように、先程までいくら突いても壊れなかった甲殻が、せんべいのように簡単に砕け、尻尾を根元から切り落とす。
「モブ君! ナイス!!」
「いくよー!」
切り落としたところで、ねこまとちくわがそう叫んでギルタブルルに走り込み、ねこまは鋏を戦鎚で完全に破壊し、それで作った隙を、ちくわが甲殻の隙間を縫って滑り込み、モンスターの眉間に双剣を突き刺し、とどめを刺した。
「ギッ、ギシャッ――」
神経締めをしたような鳴き声を上げて、ギルタブルルは動かなくなる。
『うおおおっ!!』
『すげえ!! 三人ともすげえ!! モブとちくわはともかく、ねこまも強いじゃん!!』
『ダンジョンハッカーとしてもやっていけるんじゃないか?』
「みんな―ありがとー! 事務所に所属してもボクをよろしくね!」
賞賛で埋め尽くされるコメントに手を振ってちくわが答えると、更にコメントの流れが速くなる。
「じゃあ、また今度ね、バイバーイ」
ひとしきり賞賛を受けた後、ねこまがそう言うと、ドローンに合図を送って、。配信が終了する。俺はその姿を、達成感をもって見ていた。
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