第18話 モビバージョン2.0
犬飼ちくわは今まで大きな炎上をした事が無い。
それは彼女自身のキャラクターが「不手際があって当たり前」のキャラクターで居たからであり、徹底して丁寧に異性関係のトラブルを避けてきたからであった。その丁寧な炎上回避のための立ち回りが、ねこまによって乱され、彼女の挑発によってちくわ自身も普段の立ち回りから逸脱し始めていた。
「へー、そうなんだ。じゃあ進化するところ見せて貰おっか」
ねこまは俺の腕に手をまわして識別票を覗き込む。どうやらちくわが仕掛けた戦争を真っ向から受けて立つつもりらしい。俺は心の奥で「誰か助けてくれ」と願った。
『モブって奴ねこまちゃんと距離近くね?』
『え、ちょ……もしかして、付き合ってるとか?』
『ねこまとモブの距離近いって言ってる奴、初心者かよ。ねこまはこれがデフォだから』
コメントの方も不穏な空気である。これが関わりのないストリーマーのどうでもいい配信だったら何も思わないが、これはちくわの大事な配信である。
「……」
ちくわは黙っている。彼女自身も大事な配信だと分かっているはずだし、これ以上のアプローチは炎上確定である。さすがにこらえている。
「じゃあ、ちくわさん。進化させます」
だが、言葉にはしないが視線では「ねこまちゃんと距離近くない?」というメッセージが痛いほど飛んできていた。
俺としても、炎上リスクやリスナーからのヘイトを避けるために、ねこまを振り払いたかったが、振り払ったら振り払ったで「トップストリーマーを邪険にした奴」としてヘイトが集まる可能性がある。
以上の事から、俺にできることはねこまに反応せず、注目度の高いモビを進化させるというイベントを起こす事だった。
「キューイ!」
遠くで雑魚狩りをしていたモビが戻ってくる。進化させないでこのダンジョンを歩かせるのは、なかなか辛かったようで、小さな傷をいくつか負っているようだった。
「あーっ! モビちゃんかわいそう!」
それを見たねこまが声を上げると、彼女はストレージから緑色の小瓶を取り出した。
「はい、回復ポーションあげるからモビちゃんに使ってあげて」
そう言って俺に小瓶を手渡す。
「いいんですか?」
「うん、モブ君に集めて貰った濃厚蜜が原料だから、気にしないで!」
そう言われたので、濃厚蜜の説明をARで表示すると、合成先に各種ポーションの項目があった。なるほど、確かにポーション系をよく使うなら、かなりの数が常に必要になるだろう。
俺は受け取ったポーションをモビに飲ませながら、進化のために端末を操作していく。
「じゃあ、始めます」
「キュッ!」
もう一度宣言して、進化のボタンをタップする。ストレージ内から進化素材が溢れて、モビと結合して、光に包まれていく。
そして、その光が収まると、先程よりも少しだけ機械が豪華になったような姿になった。
『おお、すげえ、進化した』
『進化とか初めてリアルタイムで見たわ』
『モビちゃんこれからゴツくなりそうで心配だったけど、機械の方が新しくなるんだね』
「わあ、すごい! どれくらい強くなったか見せてよ、モブ君!」
ちくわにそう言われて、俺はモビのステータス画面を二人に共有する。
名称:モビ
種族:モーラビット2.0 Lv1
力:8
知:6
体:4
速:10
種族名の後ろにある「2.0」というのが進化を一度したという事なのだろう。そこは納得できたのだが、俺はそれ以上にステータスの伸び具合に驚いていた。
レベル上昇した時以上のステータス上昇があるのは、正直かなりありがたい。なぜなら体感としてステータスが1上昇するだけでも、有意な違いを感じられるからだ。Lv1の時のステータスに比べれば、モビの速は五倍になっており、敵からの攻撃も、かなりよけやすくなっている筈だった。
「モビちゃん強ーい! これならボス相手でも私を守ってくれるね!」
腕に絡みついたままのねこまが声を上げる。正直なところ炎上しそうで気が気じゃないのだが、彼女はそんな事はお構いなしだった。
「……よーし、じゃあボスに挑もっか!」
ちくわの方から凄まじい殺気を感じる。表情は笑っているし、言葉遣いもいつも通り、リスナーにはこの不機嫌さは伝わらないと思うが、付き合いの長い俺は分かる。これはマジギレしている奴だ。
だが、その理由もわかる。これだけ重要な配信で、炎上しかねない振る舞いをするねこまに、拒否をしない俺である。そりゃもうキレるにきまっている。ちくわがどれだけ気を付けてチャンネル運営をしてきたか、それはよく分かっていた。
「……はい、ちくわさん」
そんな怒気を孕んだ空気の中、俺にできることはちくわに従ってダンジョンの奥へ向かう事だけだった。
『おっ、進化したテイムモンスターの実力がさっそく見れるのか!』
『ちくわが双剣で戦う姿、ようやく生放送で見れる!』
『ねこまちゃんも頑張れー!』
状況を知らないリスナーたちが応援のコメントを残していく。俺はそのコメント欄を見ながら「どうか炎上しないでください」と願う事しかできなかった。
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