第11話 ねこネコ猫島

 愛理の状況が落ち着くまでの間、ダンジョンに行かずボーっとスーパーでバイトしているよりも、折角ならある程度槍を使って戦ったり、装備を整えていた方がいいかもしれない。そう思って俺は自宅から電車を乗り継いで、繁華街近くのダンジョンを訪れていた。


 ダンジョンが発生したからと言って、電車の路線を捻じ曲げたり、建物を撤去したりは出来ない。そういう訳でダンジョンは繁華街にも普通に出来るし、言ってしまうと国会議事堂の敷地内にもあったりする。まあそんなところにあるダンジョンは、封じ込め対策もしっかりとしているし、滅多なことでは入る人もいないんだが。


 クラウドストレージに荷物を押し込んで、採集用の道具と武器防具、それとモビだけを残した状態で、入場申請の待機列に並ぶ、それにしても、今日は平日だというのにダンジョンに向かう人はそれなりに居るんだな。


 研磨石や青い鉱石などのありふれた素材はともかく、エルダードライアドをはじめとするボスの討伐素材などは、ゾハルエネルギーを多分に含んでいるので、政府と企業による団体――いわゆる第三セクター的な企業が買い上げてくれることになっている。ダンジョンハッカーの主な収入源がこれである。


 だから、もしかすると俺みたいな低層で水遊びしに来たフリーターはほとんどいなくて、周りにいる全員がストリーマーだったりダンジョンハッカーだったりするのかもしれない。


「ねえ、君」


 場違いな場所に来ちゃったかな。と不安に思っていると、肩を叩かれた。


「ん?」


 振り返ると、黒い猫耳フードが目に入った。そのまま視線を落とすと、背の低い女の子が俺をじっと見上げていた。


「後で別の事手伝ってあげるから、濃厚蜜を集めるの手伝ってよ」

「濃厚蜜?」


 少女が言った素材のことが分からなくて、思わず聞き返す。


「何? 知らないって初心者?」

「ま、まあ……」

「じゃあ好都合ね、必要になるから私と一緒にダンジョンに入りなさい」


 ……なんとも強引な話に面食らってしまうが、確かに考えてみると、初心者が一人でダンジョンに入るというのも不安が残る。俺としては何か明確な目標があるわけじゃないし、手伝ってもいいか。


「わかった。じゃあよろしく。俺は篠崎優斗」

「ん、私は猫島」


 俺が頷くと、少女は俺を見上げて満足そうに頷き返した何というか、身体の割にふてぶてしいというか、自信満々なように見えるな、この子……



――



「あのさ猫島、ちょっとダンジョンの中にいる間の出来事は秘密にしてほしいんだけど」


 ダンジョンに入場した後に気付いた。戦闘に関してはモビに手伝ってもらおうと思っていたが、猫島が居るとちくわのチャンネルに出演したテイマーだとバレてしまう。


「……というか、あなたも私と一緒にダンジョン入ったの秘密にしてよ」


 しかし、帰ってきた反応は俺の予想外のものだった。


「え、なんで?」

「なんで? 私のこと知らないわけじゃないでしょ?」


 そう言って猫島はフードを降ろす。切れ長の目がなんとなく猫を思わせる美少女だった。


「かわいい」

「ふふ、そうでしょ」


 けど誰だ? とは言わなかった。多分登録者がそれなりにいるストリーマーなのだろう。知らないって言ったらたぶん機嫌を悪くするだろうから、黙っておくに越した事は無い。


 まあなんにしても、モビを呼び出しても問題はなさそうだ。お互いに目立ちたくない理由があるなら、取引は成立するだろう。俺はそう思ってARデバイスである仮面をつけて、モビを呼び出す。


「キュイ!」


 鳴き声を上げて頭に登る。結構重くなったが、進化しても頭に乗るつもりなのだろうか。


「えっ……ちょ、それって」

「ん、ああ、だから秘密にしてくれって訳なんだが――」

「テイムモンスターじゃん! 配信していい? ていうか今度私のチャンネルに出てよ!」

「だからダメだって、お互い一緒にもぐったことは秘密、それでいいだろ」


 なんか、愛理とは違う感じのストリーマーだな、これがいわゆるバズリのためならなりふり構わない炎上系という奴なのだろうか。


「ぐっ……分かった。でも触らせて」

「まあいいけど」


 そう答えると、モビは俺の肩に降りた後、猫島にされるがままになった。一応彼女は動物の扱いを心得ているようで、そこまで無理矢理もみくちゃにするようなことは無かった。


「……ん、満足」


 そう言ってモビが解放されると、モビは俺の頭に戻ってきた。落ち着いたところで、俺たちは濃厚蜜とやらの採集を始める。


 猫島のやり方は愛理とは別で、二人で一緒に行動して近くの採取ポイント二つを各々担当する方法だった。


「配信でテイマーと会ったこと話していい? ていうかゲストで呼ぶときの日程は――」

「いやいや待て待て、俺だって仕事があるし、ちくわの方が先約だから」


 採取中に隙あらば全世界ネット配信しようとする猫島を、何とかなだめつつ俺は採取をしていく。


 しかしそれにしても、あまりにも危なっかしい言動である。裏方の人はすげえ大変だろうな。俺はなんとなくそう思った。

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