第12話 姫系ストリーマーって奴
濃厚蜜は、蜂の巣のような形をした採取ポイントからいくつか取れるようになっていた。液体を「いくつか」と形容するのも妙な気はするが、ストレージに入ると個数表示されるようになるのだから、そう言う外が無い。
「てかさ、なんでちくわに肩入れしてる訳?」
採取ポイントを取りつくし、ダンジョン内の次の場所に向かう途中で猫島にそんな事を聞かれた。
「肩入れしてるつもりは無いけど」
「だってこないだの配信見てたよ、昔からちょくちょく手伝ってたらしいじゃん」
「まあ……」
彼女と俺の付き合いは、幼馴染と自認するだけあって結構長い。始まりは小学校時代、給食の時にスープが入ったバケツが重いって事で代わりに持ったのがきっかけだった。
その後もちょくちょく手を貸す事があり、ストリーマーとして活動し始めた頃からは、買出しや単純作業の手伝いなどをしていた。いわば肩入れというよりも、ライフワークである。
「ほら、実は恋人同士だったり?」
「いや、それは無い」
そこはきっぱりと否定する。
満更でもないというのが本当の所ではあるが、愛理に迷惑はかけられない。ここで俺が幼馴染だとかかわいいとは思うとか、そういう事を言ってしまうと、間違いなく燃えてしまうだろう。
「ええー、嘘でしょ? 研磨石めっちゃ集めてたじゃん」
「あれは普通に裏作業の延長だって」
「いやいや、200個だよ? 今の濃厚蜜もだけどさあ、一回の探索で手に入るのなんか、せいぜい10個ちょい位、移動とかも考えればどんなに頑張っても一週間くらいかかるものなんだよ?」
そう言われてもな、俺は普通に集めているんだが……というか。
「いや、研磨石200個くらいなら、割と簡単に集まるぞ」
なにせダンジョンを半分回るだけで50個、全部回れば100個くらいは取れるだろう。
「はい嘘ー! 単品素材200個とか絶対集まりませーん! だったら濃厚蜜とかも、わざわざ私が裏作業で取りに来ませーん! その証拠に私のストレージには5個しか集まってませーん!」
滅茶苦茶に煽り口調で否定されたので、少しムッとして俺は自分のストレージを確認する。
「俺は……20個だな」
「はぁ!? ちょ、ちょっと見せなさいよ!」
猫島が食って掛かるので、俺は識別票でアイテムのリストを表示させる。そこには濃厚蜜の横にしっかりと20の数字が書かれていた。
「嘘でしょ!? どっかでチートか何か使ってるんじゃ……」
「おいおい、あんまいじるなって」
俺自身も使いこなせていない機能があるんだ。変な事をされては困る。
暴れる猫島から識別票を取り上げ、俺はポケットにしまう。これ以上好き勝手いじられるわけにはいかないのだ。
「じゃあ本当にちくわの言う通り、物欲センサーぶっ壊れてるんじゃない。あなた」
「その物欲センサーって言うの、なんだかわからないが俺はいたって健康だぞ」
愛理もだが、人の物を「ぶっ壊れている」は失礼じゃないだろうか。俺はそんな事を考えた。
――
「キュッ!」
モビが遠くから戻ってくる。ストレージを見てみると、色々と素材が増えていたので、また何体か魔物を倒してくれていたんだろう。
「はぁ、それにしても、モビちゃんだっけ? 便利だし可愛いし、羨ましいわね」
「ああ、想像以上に役立ってくれてる」
モビはLv9のままだが、初心者用と言うか低難度のダンジョンであれば、問題なく色々な仕事をこなしてくれるようだ。
「それで、いつ進化させるの? 素材は集まってるんでしょ?」
そう言われて疑問に思ったが、その答えはすぐに分かった。猫島も昨日ちくわの配信を見ているのだ。当然モビの育成状況を知っていてもおかしくない。
「次ちくわが配信する時にもう一回ゲストで呼ばれるから、その時にする約束になってる」
「へぇ、じゃあその時私ともコラボしてよ」
「俺は別にいいけど……俺が勝手に返事していい事じゃないだろ」
そこの可否を決めるのはちくわ自身と……事務所だろう。猫島が事務所に所属しているかどうかは知らないが、そっちもそう易々OKを出してくれるようには思えなかった。
「あ、それは大丈夫。同じ事務所だし、ちくわが嫌がっても私が社長にやりたいって言ったらどうにでも出来るし」
だが、猫島はそんな事お構いなしに返事をする。
「すごいな、深河プロダクションって業界大手だろ?」
その社長に要望を言えばすぐに反映されるなんて、猫島は一体どんな存在なのだろうか。
「はぁ? 私を誰だと思ってるの? 深河プロダクションのトップストリーマー『珠捏ねこま』よ。そんなの当り前じゃない」
「へー……」
たまこねねこま……? そう言えばなんかストリーマー関係のニュースで、そんな名前を何度か聞いたことがある気がする。
「え、ちょ、ちょっと待って、その反応……もしかして私のこと知らないの!?」
「いや、名前は知ってる」
「それを知らないって言うのよ!」
なんか思い出してきた。炎上系とか迷惑系っていう訳ではないけれど、ちょくちょく素行の悪さで燃えているストリーマーだ。
「もー、折角『ねこまちゃんと一緒にダンジョン潜れたなら収集素材とか要りません』って言わせて、ただ働きさせようと思ったのに」
「お前そんなこと考えてたのか」
なんというか愛理とは逆方向の性格だな。と思った。
「当たり前じゃん! 配信で乞食しても良かったんだけど、たまには『自分で集める健気なねこまちゃん』を見せないと、ファンがうるさいもん」
健気なねこまちゃんを演出するために他人に頼る。というのもどうかと思うのだが……
「じゃあこれやるから、ちくわを宜しくしてやってくれよ」
「え――」
そう言って、俺は手持ちの濃厚蜜を猫島のストレージに移動させる。まあ使い道分からん俺の手元にあるより、こいつの手元にあったほうが良いだろう。
「……」
猫島は、何が起こったのか分からないという風に呆然としている。
「……? どうした?」
「あっ、あーよかった! 結局あなたも私の魅力に気付いて貢いでくれたんでしょ!? 助かるー!!」
「いや、ちくわをだな――」
「でも残念! もっとスパコメしてくれるリスナーさんがいるからねこまちゃんはそんなことで靡きませーん! ざんねんでしたっ!!」
猫島はまくしたてるようにそう言い残すと、ダンジョンの出口へ向かって走っていった。
「……なんだ、あいつ」
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