第13話 次の日、バイトをしている頃の出来事

 深河プロダクションとは、登録者百万人を超すストリーマーを多数抱える大手事務所である。


 ダンジョン配信が一つのジャンルとして成立した黎明期に立ち上げられ、業績としては百億円に迫る売り上げを記録していた。


 そんな事務所で、年間トップの業績を残すストリーマーこそが、今会議室でだらしのない姿勢で話を聞く少女――十五歳のデビューから登録者を伸ばし続けている猫島紬だった。


「ねこまちゃん……せめて会議中はちゃんと座って」

「へぇ、私に指図するんだ?」


 採用担当のマネージャーからの諫言に、紬は眉を動かす。


「誰のおかげでここまで大きくなれたのか、忘れちゃったのかな?」


 珠捏ねこま。それが彼女の活動名である。


 深河プロダクションにおいて、五〇〇万という最高の登録者数を誇り、グッズを売れば飛ぶように売れ、配信中は四桁以上の課金コメントがひっきりなしに飛ぶ。まさに深河プロダクションの稼ぎ頭である。


「分かってるけど、今日はダメ。今回は超ビッグネームと交渉するんだから」


 いつもは従わせられていたマネージャーが、生意気にも口答えしたので、猫島――いや、ねこまは口を尖らせつつも、椅子に座り直す。


「――うん、時間通りね」


 ねこまが座り直してから数分も立たないうちに、会議室のドアがノックされる。マネージャーが入室を促すと、少しねこまよりは年上の少女――犬飼愛理が入ってきた。


「失礼します」


 彼女はリクルートスーツに身を包み、少し緊張した面持ちをしてマネージャーに促されるまま席に着く。その姿をねこまはじっと品定めするように見つめていた。


「楽にしてちょうだい。これから先一緒に仕事をするんだもの」

「あ、はい! わかりました!」


 その会話を皮切りに、二人は深河プロダクション所属ストリーマーとしての交渉を始める。


 犬飼ちくわ、それが彼女の活動名である。


 登録者数はねこまには及ばないものの、個人で活動するストリーマーとしてはかなりの登録者を誇っている。


 彼女は炎上とは無縁の、堅実なチャンネル運営で登録者を伸ばしており、炎上対策を事務所に丸投げなねこまとは正反対の存在だった。その様子を見て「企業勢に見えないねこま、個人勢に見えないちくわ」という形で、ダンジョンストリーマーの双璧として称される二人であった。


 つまり、この会議室にはストリーマー業界のツートップが居ることになり、入社面接に一人のやる気がなさそうな少女がいる。みたいな絵面からは想像できない重要さがあった。


「んー……そうね、説明は以上だけど、聞きたいことはある?」

「いえ、あとは実際に活動していく間に聞ければと思います」

「あ、じゃあ私から聞きたいことあるんだけど」


 話し合いが円満に終わろうとした時、ねこまが手を上げて会話を遮った。


「こないだの配信で居たテイマーの彼、なんなの?」

「え、何って……」


 テイムモンスターは、間違いなくここ数日のダンジョンにまつわる仕事をする人にとって、最大の関心事になっている筈だった。その存在に対する興味を持たれることは想定していた。しかし「なんなの?」と非難するような口調で訊かれるとは、彼女は微塵も思っていなかった。


「え、っと、前々からちょくちょく手伝ってくれてる知り合いで、モンスターをテイムしたし、素材収集も上手だからゲストとして映ってもらっただけですけど……」

「ふーん……」


 ねこまは納得していないように声を漏らす。


「それにしては、随分飼いならしてるじゃない。篠崎優斗……だっけ?」


 彼女自身は、先日の出来事を屈辱的な出来事として認識していた。


 自分のネームバリューとルックスをもってしても、靡かない人間がおり、その彼が自分に貢いだ理由が、犬飼ちくわという自分以外の存在だった。ねこまにとってそれが堪らなく受け入れられないことだった。


 だがそれは「どんな誘惑にも靡かない絶対的な味方」に対する渇望のような憧れであり、彼自身とそれを持っている犬飼ちくわに、嫉妬のような感情を持っていた。


「どうして名前を……」

「ちょっとこの間、ダンジョンで偶然会ってね」


 ちくわの表情が一瞬曇ったのを、彼女は見逃さなかった。


「私がゲストで呼びたいって言ったら、すぐOK貰えちゃった。それで、いい事思いついちゃったんだけど、移籍後の初配信、コラボしない?」

「え、それは――」

「あら、いいじゃない!」


 答えに窮したちくわに代わり、マネージャーが手を打つ。


「移籍後初配信に正体不明のテイマー! 間違いなくSNSのトレンド一位を狙えるじゃない!」

「ね、名案でしょ?」


 悪意のないマネージャーの言葉に、ねこまは口角を吊り上げる。


 優斗は承諾をしているし、ちくわ自身、そうする選択肢も頭の中にあった。そう、断る理由などないはず。だがしかし、言い知れぬ不安がちくわに付きまとっていた。


「……わかりました。そうしましょう」


 だが、断る材料があまりにもなさすぎる。ちくわは不安を押し殺すようにして、ねこまの提案を飲み込んだ。


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