第52話 攻めきれない猛犬

「ぐえっ!?」


 ダンジョンにもぐっている間は、スキルの恩恵により身体能力が向上する。例えば俺だと槍の扱いがうまくなったりとかそういうのだ。


 だが、ダンジョンの外に出ると効果が無くなってしまう。そうなってしまうと、俺は完全に素人である。それは愛理も同じはずなのだが……


「んふふー」

「ちょっ……離せ――っていうか力強いな!?」


 俺に覆いかぶさってきた愛理は、怪力と言えるような力で俺を押さえつけてきた。その華奢な身体の一体どこにそんな力が!?


 ダンジョンの外で槍とか武器を振り回すのは普通に危ないので、ダンジョンの中だけに限定したい。しかしそうなると修練の時間が十分に取れない。それに習熟まで非常に長い時間がかかる。


 そのジレンマを簡単に解決することができるこの技術は、ダンジョンの中では非常に便利なシステムであるが、今はそれがとても恨めしかった。


「温泉に入ったし、食べ物美味しいし、最高だよねー」


 恐らく長い間ダンジョンで活動してきた愛理は、肉体の方がその動きを覚えているようで、身体能力がそれについて来ているのだろう。俺はこの状況を何とか理解しようと努めた。


「ね、ゆーとはすごいがんばってると思うんだよ。ボクは」

「お、おう……?」


 何とか拘束から逃れようとしていると、愛理は唐突にそんなことを口走った。


「だから、ごほうびあげようと思ってさー……」

「え、ちょ――」


 彼女の顔が視界いっぱいに広がっていく。俺は抵抗できるわけもなく。目を強く閉じた。


 こんな酔った勢いでキスをするなんて抵抗はあるが、それでも愛理とこうしたいって気持ちもある。だとすれば抵抗しなければ俺の願いはかなって、その上でここまで酔っぱらってたら愛理も覚えてないだろうし――


「ちょ、ちょっと待った!」


 だが、それはなんというか、フェアじゃない気がする。ズルしてそういう経験しても、結局は後ろめたさの方が勝つ気がする。そう思って声を上げると、愛理が覆いかぶさってきた。


「お、おいっ!? 愛――」

「ぐぅー……」

「……」


 酔いつぶれてんのかい。俺は心の中でツッコミを入れて、気持ちよさそうに眠っている愛理を抱き上げて、隣の部屋に運んでやる。なんというか、遊ばれてるよな、俺。



――



 二日目の夜は、愛理は酒を控えていた。初日の事を聞いてみたが覚えていないようだったので、考えすぎかもしれないが、ちょっとはそういう事を意識してくれたとすれば嬉しい。


「忘れ物は無いわね?」

『はーい』


 引率の先生じみた柴口さんの物言いに、三人そろって良い返事をすると、柴口さんがチェックアウトを済ませてくれる。


 そういう訳で、短い俺たちの休暇は終わり、俺たちは行きと同じように、バスに乗り込む。東条さんは当然ながら日程が違うようで、あの時以来会う事は無かった。


「あっという間だったな」

「ホントにね」

「京都も海外も魅力的だったけど、私的にはここでよかったかなー、優斗さんと一緒だったし」

「わっ!?」


 そう言って、紬ちゃんは腕を組んでくる。思わず心臓が跳ねて、俺は変な声を上げた。

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